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    2022/02/27

    珈琲タイム

    どこも蔓延防止対策中で人出は少なく、さらに雨、曇り続きで南国ライフもなかなか気持ち上がらずそれでも珈琲タイムは楽しい。羽田でPCR検査を受けられ、薬局でも受けら ...

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    2021/11/03

    珈琲タイム

    今日は車検を待つ間、モーニングセットをいただき珈琲タイム二食生活になってもうすぐ二か月今日は暑いどこでも人出が増えたように感じるので、人が混まない時間に動きそろ ...

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街の珈琲タイムと田舎の珈琲タイム

 

 

インスタントの珈琲の質もどんどん良くなっていて

ふくろうの鳴き声のする周囲がほぼ真っ暗闇の田舎暮らしで

ひとり飲む珈琲は、いろいろな思い出を引き寄せてとても美味しい

 

街中で楽しむカフェ珈琲は若返るようでこれもまた美味しい

 

脳が整理つかないまま人の声が行き交う中で久しぶりに珈琲タイム

 

作家脳というほどの業績がないので書くのも恥ずかしいが

若い頃、東京で編集者と打ち合わせをしたことがあったり、

著名人のお忍びに少しお付き合いでお茶した時の高揚が蘇ったり

 

生きているって、束の間?

恐ろしく早いじゃない?

ゆっくり美味しい気分が脳を楽しませるのに、そういう感覚もついてくる。

 

生き方上手な人ばかりとお茶してきたわけではなく

何故だか、その人にとってのどん底な気分の時に思い出してもらえるようで

私のかげの名前は救命の人、と呼ばれていて口コミで、とある時

白状してくれた人がいた。

もっとひどいネーミングはお助けマンだった。

正直、聞いたあと、しばらく落ち込んだ。

 

どうりで再会はほぼない人が多かったはずだ。

助けてもらった人には黒歴史だもんね・・・

そう言ったその人ともたぶん再会はない。

 

今は誰も助けられないからか

孤独だなあ・・・と思う時が多くなった。

 

街の賑わいの中

そういうことか・・・だから孤独なのか、と

思い出さなくてもいいことを思い出した。

 

暗闇の田舎での珈琲タイムはまた違う世界がある。

いずれ人は一人であの世へ帰っていくのだから

こっちのほうが辛くないか

 

 

空港で機内へ乗り込む前の珈琲タイムのようで

なんだか消えていくものではなく、去っていくものではなく

次がある心地よさがあって、だから年をとると自然に目がいくのかな

と妙に悟りを得た気分になった。

 

この孤独感ってコロナ禍によるものなのか

自分だけじゃない気がするのも妙

 

会いづらい

電話しづらい

時間があけばよけいに気を遣いだんだん心の距離も遠のいてしまう

 

車内へ戻り自宅へ戻る途中ふと思った

慌ただしい時間に追われて夢の実現に全力投球のさなか、人が大勢いる都会で

お助けマンへの電話だったとしても、まっすぐに近づいてきた人たちがいた。

 

 

なんだかありがたい気がしてきた。

 

いいじゃない

お助けマンで

 

 

揺れる二拠点生活

私はやっぱり奥ヤンゲンの人かもしれません

東京で暮らしていても田舎で暮らしても、もうだんだん奥ヤンゲン

 

こんな感覚は自分だけじゃない気がします。

この時代の現象、人との距離の遠さの弊害かもしれません。

 

早く何にも考えないで

楽しんで珈琲が味わえるといいなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どこも蔓延防止対策中で人出は少なく、さらに雨、曇り続きで

南国ライフもなかなか気持ち上がらず

 

それでも珈琲タイムは楽しい。

 

羽田でPCR検査を受けられ、薬局でも受けられ、今回はありがたかった。

その時が陰性というだけのことだが、

気を付けて行動している、という信頼はいただける。

 

早くこのうつうつとした日々が終わればと祈るばかりです。

 

空き家のうっそうと茂る木々の枝を切っては落とし

落としては担いで片付け

竹のちょっとした林? も切り倒した。

 

2080円のノコギリは、かわいそうなほど、すっかり元をとるほどに

使い倒した。

 

駐車場の屋根にのぼって枝を落としていると、

生き物だなと思ったのが

こちらに向かって倒れてきそうな襲われそうな恐怖にふと気づいたとき

 

田舎暮らしは

生き物との戦いかたを知らないとケガをするということを思い出した。

 

都会では、組織という箱に入った時

同じ生き物である人との、人間関係という戦いでの身の処し方が大事で

どんなにいい仕事をしていると自負していても

処し方を間違うと、あっという間に居場所を失う。

 

田舎の木は強い。

獣も強い。

虫も強い。

 

少しでも住みやすい部屋をさっさとつくろう。

外キャンプのような味わいは、

クーラーの効いている部屋から、時々出て味わうくらいにしようかな

と行く前から、考えることが姑息過ぎて、

 

若さがないなあ

ピユアじゃないな、と反省

珈琲タイムは、そこへ引き戻すためのミラクルタイム

つくづく今の自分には大事です。

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今日は車検を待つ間、モーニングセットをいただき珈琲タイム

 

二食生活になってもうすぐ二か月

 

今日は暑い

どこでも人出が増えたように感じるので、人が混まない時間に動き

そろそろ人が増えそうだという時間帯はひたすら家の風水片付けに

いそしんでいる。

 

インテリア大好き、を自称してきたが、風水は難しそうで考えてこなかったので

どれもこれも✖な暮らしに、驚いている。

 

トイレもトイレットペーパーの置き場所だろうから、とせっせと積み上げていたのもダメだと知って見ると、確かに美しくない。

 

年内で体重も理想的なまでに落とし

部屋も効率的に風水的に最適にしたい

 

誰に見せるわけでもないプライベートな暮らしの家

田舎では行事ごとの家なので、年中人の出入りも多く、いつもさらされているようなものなので、思えばそのほうがきれいでいつも片付いていた。

 

コロナ禍でスティホームもそうだが、仕事で人に会うこともなくなったので、風水的に磨ききった鏡に映る自分に改めてギョッとしている。

 

楽になる、って恐ろしいことなんだと痛感。

 

徐々に自分も綺麗に、まずは気分からあげていければいいのかな・・・と

 

見られたり

よく見られたい、と努力したり

誰も見ていなくても少し客観的になって、少なくともギョッとしないように

そろそろ人と会うことも始めなければ、と磨いた鏡の誰? この人? のマスク

を外してよくよく見て、やっぱりギョッ・・・

 

もう感染症などはやらないでもらいたいものです。

 

珈琲タイムは束の間、至福の時

 

高校生でJAZZ喫茶での背伸びを覚えてから

束の間の至福は、この時間の先に何か向上するものが待っているような感覚を

与えてくれる。

 

かっこつけて飲んでいる自分がギョッとするようなおばちゃんだというようなことを束の間忘れて

 

パリのカフェにいるようなイギリスの湖畔のほとりにいるようなカルフォルニアの公園の芝で座っているような、脳が勝手に遊んでくれるのが嬉しい。

 

今日の心は

真夜中に出かけて行って白い砂浜に座って満天の星空を見上げて

飲んだ珈琲の味がした。

 

 

 

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