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    珈琲タイム

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冬は南国ライフを想定

 

トラックで最期の断捨離をすることにした。

だいぶ片付いて、モノが定位置に落ち着く、モノにも家がある

という風水の教えになるほどと思う。

 

気持ちがいい。

 

子育てが終わり、生活スタイルが変化すると、心の整理に時間を

要したが、ある程度整うと、次のライフスタイルへのイメージも

明確になった。

 

冬場は昨年同様南国ライフになるのかと思う。

17℃以下はほとんどない。

コートも要らない所だが、それでも滞在が長くなると

北風をだんだん寒いと感じてしまうのだから、体は不思議。

東京ライフでは、いかに暖房器具に守られているかを痛感した

今年の2月の南国滞在中のこと、

 

床を温めるカーペットなどなく

ホッカイロを買い物のたびに買い足した。

箱売りなどあるはずもなく、バラで並ぶとそれを数枚、爆買い

 

不思議そうな目で見られ続けたが、

しょうがない、寒いのだから、と

私以外に購入する人を見たことがなく、

 

湯ぶねのトラブルがなければ、今年は動かない予定だったので、気は重い

でも会いたい人も多い

さっそく気配が漂ったのか、友人の一人から電話。

 

クーラーをつけていると聞き

それも嫌だな・・・となんとも軟弱体質の自分をさらさないよう会話は慎重

コロナ禍の冬場の流行を想定していたので、

あれ?

となった今でも心の切り替えは、ああそうですか、と簡単にはいかない。

 

自由に行き来できるメンタリティを持ち

南国で過ごす時間は、こちらで知り合った友人知人を招待し

観光案内と満天の星空のもと、時間を気にせず珈琲タイムを楽しみたい

 

東京に戻ったら

田舎の友人が上京した際に味わいたいという芝居に案内し

富士山までのドライブも連れて行きたい。

 

みんなコロナで心が固まったままがしばらく続くだろうが

心が軽快になり始めたら

そうしよう、と前向きにスイッチを入れておしゃべりすると、

だんだん、そうよね、そうしようね、と互いに元気が出てきた。

 

嵐の前の静けさ?

警戒しつつも、まずはお互い心をほぐすリハビリからだね、と電話を切った。

 

 

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家の不具合の点検で最悪床を外して目視が必要な工事をまるっとするか

湯ぶねを使わない生活をとりあえず続けるか、という診断に至った。

 

冬が来て、ああ、これだった・・・とその時になっていつも骨身にしみる

寒さに気づく

夏になって、こんなに暑かったか・・・と戸惑う自分

 

加齢とともに二季で過ごしてきた本能が強くなり、今日も湯ぶねがしばらく

使えません、と言われてもあまりピンと来ていない。

お湯が循環している仕組みも今日はじめて知った。

大丈夫か、と

真冬でなくて良かった、とこれもありがたい。

 

子供の喘息症状が出て、今度は湯ぶねが不具合で・・・

人生の岐路に何度も立ったように覚えているが

そのたび、不思議なことに後ろの門が閉じられるような、そこへしか進む

ことができないようなことが起きた。

 

地団太を踏んで抵抗すると、もっとその場の状況は悪くなり

進む方向へ押し出されるように動いてきたのが今の自分だと自分が一番

知っている。

 

使わなくなったテーブルや衣装ケースなどを断捨離しようと風水も取り入れ

ダイエットも並行しながら、バタバタと何故か知らないが動いている。

 

泣けてきた。

 

なんだかわからないが、何に向かって何をしようとしているのか、

床を外す目視のレベルの話を聞いて、

薄氷の上を歩いて生きているような不安定さをとっさに感じて、よくないなあ

と、知らないことの上に生きていることが本当に嫌になった。

 

持ち家は初めてだが、賃貸暮らしが長かったからか、

思考がすぐにまとまらない。

リノベーション、見た目は本当にきれい。

だが基礎工事からきちんと自分の目で見て確かめて、生活は飲んで食べて排出

しての繰り返しだから、人の体としくみは同じ。

 

解剖生理がわかって、どこそこが不具合なら、ここをもとから治さないと不具合

は連鎖する。

症状だけを対処するだけでは、体全体に不具合が波及していくのは必然。

家だって同じだと今更ながら、目の前のことに汲々して大切な何かをきちんと

見る、という知識に欠けていたことを猛省している。

 

さっさとこの家は直して売却し、終の棲家へ移る時が来ているのかもしれない。

自分の体は不具合が起きたからといって、新しい体へうつるわけにはいかないが

家は年代によって向く家があると割り切ることにしたい。

 

何故に断捨離

何故に風水

何故にアレルゲン検査

 

後ろの門をドン、ドンと閉じられていく感じがしていたが

開腹手術のような施工の話を聞いて、ちょっと待った、

と目が覚めた感じがした。

 

知識は必要

無知は損をする。

シンプルだが他に気を取られていたぶん、ツケが大きいなあ、と

ゆとりがなかった日々を振り返り、それでもこの家でやり遂げたことを思い出し

感謝することにして、お別れの準備を念頭に入れたいと思う。

 

一番大きかったことは親をこの家で看取ったこと

息子を巣立たせたこと。

友人や身内を招待できたこと

たくさんあるじゃないか・・・やっぱり泣きたくなる。

きちんと見えないところもきれいにして売りに出したい。

 

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中古は管理維持が大変

 

賃貸から初めて買ったのが中古住宅

しばらくトラブルが続き、管理の大変さを痛感

 

車は新車だと決めているが、上京してすぐに新築の住宅購入は

厳しく、中古の物件にした。

リノベーションがとてもおしゃれで、終の棲家を考えるにはまだ

早かったこともあり、個室の多い家を選んだ。

 

お風呂場のトラブルのようなので、しばらく調査が続く。

終の棲家はワンフロア―に全部の部屋がある物件にしようと決めている

 

患者様のお宅を何度か訪問する機会があって

都会で暮らす高齢者の方々の生活様式の千差万別にとても学ぶことも

多かった。

 

家具が重いと厳しい。

階段のある家は上の階は荷物置き場になる。

 

今なら想像できるが

やはりできる間のシンプルライフ作りは大切だと思うこの頃。

処分するものを決めて、本気で挑んでいる断捨離

本や写真はほぼ処分した。

上京する前は、背中にずらーと並ぶ書籍の前に机を置く、というスタイル

が気に入っていたが、今は所有すること、イーコールで私が死んだらこれ誰が

片付けるの、と考えるようになった。

 

親の家を片付けに通って数年

だいぶ処分したが、コロナ禍で少々疲れてきた。

 

着物や帯のクリーニングに最初の頃はお金をかけていたが、

もう今はやりたくない。

 

次世代に伝えたいから残したい、という強い思い入れもあったが、

だんだんそれも薄れてきた。

時間経過っていいのか、悪いのか、

熱量が低くなっていくと伝承や少数の文化など、

どんどん廃れていくのかもしれない、

と思いながら

 

人の一生の間の時間について配分について、考えている。

 

子育てが終わり、仕事を退く、親のことをする・・・

役割を初めから分けておかなければ、大切なものを継承するのは難しい

のかもしれない。

それが職業になり、それが生活の喜びになり、生きてきた証しになり

 

中途半端にかかわろうとしている自分の心こそ断捨離するべきものが

あるのかもしれない、と思うようになった。

あれもこれもはできない。

 

片づける日々は気づかされることばかり。

 

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モーニング珈琲

 

今日は車検を待つ間、モーニングセットをいただき珈琲タイム

 

二食生活になってもうすぐ二か月

 

今日は暑い

どこでも人出が増えたように感じるので、人が混まない時間に動き

そろそろ人が増えそうだという時間帯はひたすら家の風水片付けに

いそしんでいる。

 

インテリア大好き、を自称してきたが、風水は難しそうで考えてこなかったので

どれもこれも✖な暮らしに、驚いている。

 

トイレもトイレットペーパーの置き場所だろうから、とせっせと積み上げていたのもダメだと知って見ると、確かに美しくない。

 

年内で体重も理想的なまでに落とし

部屋も効率的に風水的に最適にしたい

 

誰に見せるわけでもないプライベートな暮らしの家

田舎では行事ごとの家なので、年中人の出入りも多く、いつもさらされているようなものなので、思えばそのほうがきれいでいつも片付いていた。

 

コロナ禍でスティホームもそうだが、仕事で人に会うこともなくなったので、風水的に磨ききった鏡に映る自分に改めてギョッとしている。

 

楽になる、って恐ろしいことなんだと痛感。

 

徐々に自分も綺麗に、まずは気分からあげていければいいのかな・・・と

 

見られたり

よく見られたい、と努力したり

誰も見ていなくても少し客観的になって、少なくともギョッとしないように

そろそろ人と会うことも始めなければ、と磨いた鏡の誰? この人? のマスク

を外してよくよく見て、やっぱりギョッ・・・

 

もう感染症などはやらないでもらいたいものです。

 

珈琲タイムは束の間、至福の時

 

高校生でJAZZ喫茶での背伸びを覚えてから

束の間の至福は、この時間の先に何か向上するものが待っているような感覚を

与えてくれる。

 

かっこつけて飲んでいる自分がギョッとするようなおばちゃんだというようなことを束の間忘れて

 

パリのカフェにいるようなイギリスの湖畔のほとりにいるようなカルフォルニアの公園の芝で座っているような、脳が勝手に遊んでくれるのが嬉しい。

 

今日の心は

真夜中に出かけて行って白い砂浜に座って満天の星空を見上げて

飲んだ珈琲の味がした。

 

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