斧って、凄い

 

 

2階の元寝室だった部屋で発見したシロアリ

タンスや本棚を担いで階下へ運ぶパワーもないし、虫も苦手

 

業者を呼ぶには自分の家ではないし・・・

 

父の工具や道具を見て選び、

 

まずはスコップで巣を除去した。

 

大きなバケツに入れ、家にあったトイレ用洗剤を使い

そのままスコップでタンスや本棚を壁から離し

食卓用の木の椅子を受け手に配置し

倒した。

 

そこから斧で割っていくが、

初めはわからないので枠を壊そうとしたが、

背面のベニヤを割っていった方が結果枠も外れた。

 

掃除をし、庭へ落としていく。

翌日、ゴミ焼却場へ、

知り合いになった方の援助を受けて捨てた。

 

その方が父を知っているというので、片付け終わった後に

披露して下さったのが、奇跡としかいいようがないものだった。

 

子供と二人分、合わせてスーツケース3個分で一年を越そうと計画していたが

東京へ急遽戻ってきた。

 

奇跡の続き見たさもあり

毎日の心地よさもあり・・・

 

だが何故か戻ってきた、その意味が

だんだんわかってきたように思う

 

自分は視野が狭いというか

バランスが悪いというか・・・

 

目の前に展開されることに無我夢中で

あとでそういうことか・・・とまとめを知るパターンが多い。

 

今回もありがたくて涙が出た。

 

「感謝」

 

ありがたさを本当に知るのはどん底の時だと思います。

 

多くの方の看取りに立ち合い

まがりなりにも痛みの究極の時の呻きにも何度も立ちあい

それでも自分が入院するほどの激痛に襲われた時、

みなこれを経てきたのか・・・と何もわかっていなかった自分に呆れた

ことがある。

 

それ以来

私は誰に対しても、偽善的な要素などももちろんなく、

ただありがたい、としか思わなくなったといったら大抵、

トシだよ、と言われる。

 

愚痴もこぼしていると思うが、

やはりありがい、ありがたいと他者が手を差し出してくださる

ことがありがたくてしょうがない。

 

自分の子供に笑って手を貸してくださった方々を思いだすだけで、

やはりありがたい。

 

斧のあとの奇跡の場面はご本人の許可を得て書けたら幸いです。

 

 

 

どれだけ自分は多くの人の手に助けられて生きているのだろうか。

 

時代は厳しい

 

 

あると思い込んでいるものはあり続けるとは限らない。

 

 

日本人の生産人口は本当に、えっ? と思うような数だ。

 

戦後の貧しい時代を駆け抜けてきた人は持たないで生きる方法も

すぐに思いつくかもしれない。

だが、ありすぎる時代の子たちはどうやって元を学ぶのだろうか。

 

階下で調子に乗って斧でどんどんクズにするモノをたたき割っていたら

燐家の子供の泣き声が塀のむこうから聞こえてきた。

 

怖いよ~

 

えっ?

嘘?

わたし? 

 

聞いたことのない破壊音

確かにいきなり聞いたら怖いよね。

 

さざえさんダンスの音楽を流したらすぐにやんだ。

 

 

大丈夫だよ、よくみてごらん。おばちゃんだよ、と

お母さんだろう声も聞こえてきた。

 

同じような感覚だろうと思っていたが、

都会からの移住生活家族が混じり始めているのだと教えてもらった。

 

 

 

激レアさん、という番組で

サッカー選手の激レアさんが、

奥ヤンゲンという言葉を使っていたので

そうか、私は奥ヤンゲンだったのか、

どうりでホームシックばかりだと思ったら奥ヤンゲンだからなのね、と

また、まとめがぐっと近づいて、これもありがたや。

 

 

まとまりはありませんが、忘れないうちに書き続けたいと思います。

 

 

 

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