家の不具合の点検で最悪床を外して目視が必要な工事をまるっとするか

湯ぶねを使わない生活をとりあえず続けるか、という診断に至った。

 

冬が来て、ああ、これだった・・・とその時になっていつも骨身にしみる

寒さに気づく

夏になって、こんなに暑かったか・・・と戸惑う自分

 

加齢とともに二季で過ごしてきた本能が強くなり、今日も湯ぶねがしばらく

使えません、と言われてもあまりピンと来ていない。

お湯が循環している仕組みも今日はじめて知った。

大丈夫か、と

真冬でなくて良かった、とこれもありがたい。

 

子供の喘息症状が出て、今度は湯ぶねが不具合で・・・

人生の岐路に何度も立ったように覚えているが

そのたび、不思議なことに後ろの門が閉じられるような、そこへしか進む

ことができないようなことが起きた。

 

地団太を踏んで抵抗すると、もっとその場の状況は悪くなり

進む方向へ押し出されるように動いてきたのが今の自分だと自分が一番

知っている。

 

使わなくなったテーブルや衣装ケースなどを断捨離しようと風水も取り入れ

ダイエットも並行しながら、バタバタと何故か知らないが動いている。

 

泣けてきた。

 

なんだかわからないが、何に向かって何をしようとしているのか、

床を外す目視のレベルの話を聞いて、

薄氷の上を歩いて生きているような不安定さをとっさに感じて、よくないなあ

と、知らないことの上に生きていることが本当に嫌になった。

 

持ち家は初めてだが、賃貸暮らしが長かったからか、

思考がすぐにまとまらない。

リノベーション、見た目は本当にきれい。

だが基礎工事からきちんと自分の目で見て確かめて、生活は飲んで食べて排出

しての繰り返しだから、人の体としくみは同じ。

 

解剖生理がわかって、どこそこが不具合なら、ここをもとから治さないと不具合

は連鎖する。

症状だけを対処するだけでは、体全体に不具合が波及していくのは必然。

家だって同じだと今更ながら、目の前のことに汲々して大切な何かをきちんと

見る、という知識に欠けていたことを猛省している。

 

さっさとこの家は直して売却し、終の棲家へ移る時が来ているのかもしれない。

自分の体は不具合が起きたからといって、新しい体へうつるわけにはいかないが

家は年代によって向く家があると割り切ることにしたい。

 

何故に断捨離

何故に風水

何故にアレルゲン検査

 

後ろの門をドン、ドンと閉じられていく感じがしていたが

開腹手術のような施工の話を聞いて、ちょっと待った、

と目が覚めた感じがした。

 

知識は必要

無知は損をする。

シンプルだが他に気を取られていたぶん、ツケが大きいなあ、と

ゆとりがなかった日々を振り返り、それでもこの家でやり遂げたことを思い出し

感謝することにして、お別れの準備を念頭に入れたいと思う。

 

一番大きかったことは親をこの家で看取ったこと

息子を巣立たせたこと。

友人や身内を招待できたこと

たくさんあるじゃないか・・・やっぱり泣きたくなる。

きちんと見えないところもきれいにして売りに出したい。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • feedly
  • LINEで送る
タグ