月別:2020年03月
  • 雪景色と家ごもり

    2020/03/29

    祈り

    23わたしは近くにいれば、神なのか。ー主の御告げ。-遠くにいれば、神ではないのか。24人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見つけることができないのか。-主の ...

  • 神の語る謙虚

    2020/03/24

    祈り

    食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。(ルカ22 ...

雪景色と家ごもり

23 わたしは近くにいれば、神なのか。

  ー主の御告げ。-

   遠くにいれば、神ではないのか。

 

24 人が隠れた所に身を隠したら、

   わたしは彼を見つけることができないのか。

  -主の御告げ。-

   天にも地にも、わたしは満ちているではないか。

  -主の御告げ。-

         (エレミヤ書23章)

 

***

 

土曜日・日曜日と自宅で過ごしていますが、

今日は外は真っ白な雪景色。

 

それでも陽気な春

暖かい真綿に包まれて

少し積もった雪もとけて消えていきました。

 

***

 

穏やかな春よ、はやく来い。

 

強い夏よ、来い。

 

祈ります。

 

 

 

 

 

 

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  • 祈り
東京で自粛は辛いが今が頑張りどころ

自然環境に限りがある東京で子供と自粛生活

知恵に知恵を絞り、まだまだ頑張らなければと気張っています。

 

今年からできればガーデニングを小さな庭で始められたらと

そういう暢気なことを去年は思っていたのです。

 

ブログもガーデニングのジャンルへ変更できるといいな、と本当に

そう思っていたのです。

 

***

 

春爛漫

もうすぐあちらこちらで庭を今か、今かと整えているお宅もあります。

 

全てが想定外

ところが今年から私は祭司なのだと準備もしていたのです。

 

親から密かに引き継いでいたが、仕事や住まいの事情ですぐにはやれず

仕事を片付け、子育てもおおかたメドがつき

白い着物を出してきて実際祈り始めた頃から状況が刻々と変わり

年明けには大変な社会の変化が起きていました。

 

***

 

ガーデニングをしたいと希望したのは

親が祈っていた場所と自分がいる場所のあまりの違い

少しでも自然を感じて祈りに集中する場所がほしい。

 

切に切に、と切迫した心境がすでにあったのかもしれません。

 

庭のないコンクリートの空間

外出も制限

 

***

 

そういうことか、と自分の甘さを痛感。

 

庭を始めればそれが心を癒す。

 

親は偉かった、とつくづく反省。

 

54年間の祭司生活、生まれた時から見てきたはずなのに

すっかり私には他の職業の色がついていて急には落ちてくれない。

 

逆に

退官した親がそのあとの人生を

おそるおそる自由を満喫するように暮らしていたのも

正直、見たように覚えている。

 

だが、息を引き取る前、

「こわいねえ」

と少し緊張していたことも思い出す。

 

死ぬのが怖いというわけではなく

「わたしは十分やっただろうか」

これは亡くなる方々がいちばん多く口にする言葉。

 

ありがとう、や、ごめんね、より多い。

 

「タラント(神が個々人へ預けたその人だけの能力)を増やせ。埋めたままにするな」

聖書にある神が人へ命じた言葉。

 

聖書を知らない人でも、

十分やっただろうか、と自身に問う。

 

親のこわいねえはこれだと思ったのも覚えている。

 

***

 

いやあ、

わたしもこわいねえ

いいようもない緊張感に、思わず言葉を打ち込んでいる自分がいます。

 

書くことも祈り、だと思わないと書けなくなりました。

 

 

 

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  • 祈り
神の語る謙虚

食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。

しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。

            (ルカ22-27)

 

職業を今のように自由に選べた時代の話ではなく

なによりこのことばは、三位一体の人となられた神・イエス様が語られた言葉です。

 

そのあと十字架に架かり死んで三日目に蘇り

わたしが道だ、わたしを通れ、と永遠の命の道を示します。

 

神が給仕をする者のように仕えているということばは、

洗礼を受けた後、

人の言葉が生む「謙虚」 の概念ではなく

段違いの畏怖を知ることになりました。

 

***

 

人は神に造られた被造物

自分もだが

他者を見る時、

それが神によって造られた存在であるということの悟りを得た時

「謙虚」な人に出会うと恐ろしいな、と思うようになった。

 

神様にむき出しで対峙してしまったような感覚に陥った。

 

***

 

数年前

次男坊を連れて教会へ行った。

 

10年ぶりに再会した翌日に行った。

 

前日、また会えなくなるだろう息子へ

一生に一度のお願いを言っていいかと確認をし、

「洗礼をしていい?」

とお願いをしたら、いいよ、とホテルの浴槽で私の手で洗礼をした。

 

私はなまみであなたと別れて生きる力がなかった。

 

死んだらあなたに無責任、かと言って立ち上がる力もなかった。

 

そんな時、洗礼を受けたのだと説明できる心の距離がとれるはずもなく

「食べて、食べて」

とひたすらもう入らない、という息子にステーキを食べさせ、

急きょ一晩泊ってきても良いという許可があり、

緊張したホテルで、時間がどんどん過ぎていく中で

出た言葉だった。

 

翌日の日曜日、教会へ行った。

 

***

 

遠慮と緊張と焦りが互いの中で葛藤しているにもかかわらず、

時間だけは無情にも過ぎていく。

 

あなたの手術の時、お祈りをしてもらったんだよ、と

牧師さんに紹介していたら少年がすうと傍へ寄ってきた。

 

息子と同じ疾患でオペをした牧師さんの息子さんだった。

 

3歳の時、見舞いに行って以来の再会だった。

 

「同じような手術をしたんだよ」

と二人を引き合わせた。

 

10代前半の少年たち

息子は顔も覚えていない、という母親に昨日会ったばかり

教会へ来たのも初めて

緊張しているところに、さらに見知らぬ少年を紹介され、

 

「Yくんは3歳だったかな、手術の事覚えていないよね」

 

Tシャツをめくり痕を確認しようとする母親と認識していいのか

距離もまだつかめていない人の無礼に、息子はさらに緊張して後ろへ下がった。

 

Yくんは自分から首までシャツをめくりあげた。

 

息子が慌てて、大丈夫ですからと

シャツを下ろすように恐縮しながら頭を下げると

 

「これです」

 

とYくんが指で息子に手術痕を示してくれた。

 

「ありがとう。同じような痕があるもんね」

 

と私が息子に言うと、息子が頷いた。

 

***

 

Yくんも息子もまだ十代初めの少年

それなのに二人は驚くほど咄嗟に優しかった。

 

Yくんは、その場の空気で息子の境遇をはかり、

私のパニックのような失礼にも真摯に応え、

息子のいいようもない孤独の殻を共有してくれた。

 

まさかの子どもが見せた神対応。

 

息子は親の無礼をごめんなさい、と・・・同時に

シャツを人前でめくろうとする同世代の少年に恥をかかせまいとした。

 

***

 

息子とYくんはそのあと会う機会がなく歳月がたっている。

 

私と息子が、その時限定の再会だったからだ。

 

そういう状況を誰に説明された訳でもない一期一会の瞬間で

Yくんからいただいた謙虚。

 

息子からもらった謙虚。

 

***

 

過酷は彼にも次々あった。

 

牧師さんからそのあとのことを聞き、

私は泣くだけ泣いた。

 

***

 

いつも給仕する者のようにいる。

 

私は給仕してもらったよ、Yくん

君の優しさが忘れられない。

 

大人の誰が君のような近さで

あの時の酷な親子の再会を慰められたというのだろう。

 

「苦しくて嬉しくて時間よ止まれ、永遠に止まれ」

 

張り裂けそうな寂しさ、

その空間に君はすうと入ってきた。

 

あなただから入れたのだと思います。

 

神様の霊は人のうちに住むということを見た瞬間だったように思う。

 

「謙虚」

 

はかれないほどの苦労を味わい

それをただ受け止め生きてきたあなたには

目の前の他者の苦悩を見抜き手を差し伸べる力がある。

 

もう一度、君に会いたい。

 

あなたには多くの人を助けるタラントがある。

 

伝えないといけない、と今も改めて思う。

 

給仕をする時の集中力は

他者のニーズを読み取り的確に提供する

「神対応」が求め続けられるように思う。

 

次世代を応援したい、しなければならない、

私には悔いが多い。

 

 

 

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時代のエポック、春、ストーブで野菜スープ

外出する日

掃除を頑張る日

料理に力を入れる日

どれも日常に欠かせないものですが

メリハリつけて

子供を飽きさせないために

暮らすことはこういうことなのだと、

おおげさに時には演出しながら、

できれば子供の達成感にもつながるように

キャパシティにも合わせて、なおかつ自分の体力も鑑みて

一か月のほぼ引きこもり生活が過ぎていこうとしています。

迷惑をかけないように・・・ひたすらこの一点に集中して

自分が倒れたら子供の一人留守番というのは無理、

これまでのありとあらゆる生活の経験を用いているような毎日、

どなた様も必死だとお察しいたします。

***

こういう日を経験するとは想像したことがありませんでした。

未開放区へ仕事で行った経験や

ピストルで撃たれた人や自分が車に跳ね飛ばされたこともあります。

よく生きてきたな

と驚くほどのことを経験してきたように思いますが、

今、直面していることは一度も想像したことのない日常です。

リアリティがあるのかないのか・・・

それでも油断大敵だと気を緩めずできることを頑張ろうと思います。

***

ストーブ?

ですが、汗をかくほうが冷えてしまうよりいいとは思います。

新陳代謝が活発な子供には暑すぎるのは酷なので、

窓を大きく開け風を入れて、掃除ディにしながら二人で料理

ゴミ箱をきれいに洗い

拭くことを手伝ってもらい

組み立てを一緒にしたり

普段、子供が目にすることのない生活の裏方を共にこなし、

思い切り汗をかいてシャワーを二度浴びしました。

学校給食で使わなくなった食材をできるだけ使おうと

野菜をこれでもかというほど切って、切って、また切って

その量に子供は驚いている。

花を買い物のたび少しでも買い玄関にかざり春の香りを楽しむようにする。

現場で頑張る方々の後方支援だとわりきれば腹もすわり

あれこれ工夫しながら日々を暮らすことに集中するようになりました。

***

世界中でみんな頑張っている。

そうだ・・・

どの人にとっても緊張な日々

そういうことを生まれて初めて目の当たりにしている。

映画でもない。

***

親が不思議なことを言っていた。

戦争のときね、笑ってもいたんだよ。

毎日、緊張していたわけじゃない。

憧れの人もできた。

優しい人にたくさん出会えた話を聞いた。

大変な話を聞く覚悟でメモを取っていた途中で

意外な少女時代の感性を聞いた。

その時のそのまんまの状況を全力で生きる。

子供は子供の力のままで

青年は青年の

老人は老人の

立場のある人はその要職の

それぞれが今のこの時を捉えて立っている。

時代と時代の間・・・エポック

正念場なのかもしれない。

役立てることを少しでも書きたいと今日も思っていましたが

どんどん脱線してしまいました。

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