• 祈り
東京で自粛は辛いが今が頑張りどころ

自然環境に限りがある東京で子供と自粛生活

知恵に知恵を絞り、まだまだ頑張らなければと気張っています。

 

今年からできればガーデニングを小さな庭で始められたらと

そういう暢気なことを去年は思っていたのです。

 

ブログもガーデニングのジャンルへ変更できるといいな、と本当に

そう思っていたのです。

 

***

 

春爛漫

もうすぐあちらこちらで庭を今か、今かと整えているお宅もあります。

 

全てが想定外

ところが今年から私は祭司なのだと準備もしていたのです。

 

親から密かに引き継いでいたが、仕事や住まいの事情ですぐにはやれず

仕事を片付け、子育てもおおかたメドがつき

白い着物を出してきて実際祈り始めた頃から状況が刻々と変わり

年明けには大変な社会の変化が起きていました。

 

***

 

ガーデニングをしたいと希望したのは

親が祈っていた場所と自分がいる場所のあまりの違い

少しでも自然を感じて祈りに集中する場所がほしい。

 

切に切に、と切迫した心境がすでにあったのかもしれません。

 

庭のないコンクリートの空間

外出も制限

 

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そういうことか、と自分の甘さを痛感。

 

庭を始めればそれが心を癒す。

 

親は偉かった、とつくづく反省。

 

54年間の祭司生活、生まれた時から見てきたはずなのに

すっかり私には他の職業の色がついていて急には落ちてくれない。

 

逆に

退官した親がそのあとの人生を

おそるおそる自由を満喫するように暮らしていたのも

正直、見たように覚えている。

 

だが、息を引き取る前、

「こわいねえ」

と少し緊張していたことも思い出す。

 

死ぬのが怖いというわけではなく

「わたしは十分やっただろうか」

これは亡くなる方々がいちばん多く口にする言葉。

 

ありがとう、や、ごめんね、より多い。

 

「タラント(神が個々人へ預けたその人だけの能力)を増やせ。埋めたままにするな」

聖書にある神が人へ命じた言葉。

 

聖書を知らない人でも、

十分やっただろうか、と自身に問う。

 

親のこわいねえはこれだと思ったのも覚えている。

 

***

 

いやあ、

わたしもこわいねえ

いいようもない緊張感に、思わず言葉を打ち込んでいる自分がいます。

 

書くことも祈り、だと思わないと書けなくなりました。

 

 

 

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