苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。

私はそれであなたのおきてを学びました。

       (詩編119章ー71)

 

救急室のベットで呼吸の限界の恐怖で凍り付いた時のことを

まだ自立していない子どもたちを置いて息が終わることの恐怖を今でも覚えている。

 

「だれか助けてください。誰か私を助けてください」

 

聖書を読んだことのない、教会へ行く機会もなかった私は本当に助けられた。

 

主治医は優秀で

全力で

遅くまで帰らずに椅子から転げ落ちそうになり寝落ちしていたのも覚えている。

 

子どもたち一人ひとりの表情も覚えている。

 

生き抜く力を背中で示すはずの親が

まったく見本になれないヘタレの極み。

 

もう何の手立てもなく

余力もなく

この子らへの責任を果たさせてください。

 

吐けない息のはざまで懇願した。

 

先生のたった一人の患者の前で全力投球する神業はもう申し訳ない。

 

子だくさんで家へ帰してあげたいし、

外来患者は列をつくる超人気ドクター、明日も外来があるし、

時間はいくらあっても足りない逸材だと十分理解しているし、

 

それなのに

先生の全力を私はもう使うのが怖い・・・

 

生身の人には限界があるのは自分も知っている。

 

もう誰か、誰か、誰か助けて、先生も助けて下さい。

 

「誰か助けてください。誰か私を助けてください」

 

渇ききった呼吸を諦めた刹那

「あなたにはできない。わたしがした。あなたにはできない」

 

***

 

十字架を見てしまったのです。

 

ああ、神様だとすうと意識がそのあと遠のきました。

 

どれだけわたしがあがいても

先生がどれだけ優秀で全力を捧げても

子どもたちがどれだけどん底に落とされ生活困窮者の道を辿ろうとも

もう意識はなくなりました。

 

「死」

 

いのちの極限から蘇ったあと、

主治医の先生へ子供たちへ長い歳月をかけて、

あの時の意味をこうして書かせて頂いております。

 

子どもたちは読んでいない記事ですが

恩人の先生へはご案内させて頂いており

当時、このような説明ができるわけもなく

歳月がたって、この時に読んでいただいている「時」を感謝しています。

 

***

 

「あなたが負けたらわたしたちも負けた気がする」

「僕もおんなじだよ」

 

***

 s

どこかへ属する宗教とも違う。

 

経験したことを、聖書で、説き明かされる日々をそのあと過ごし

今があります。

 

ひとり私のふところに残されたハンディのある子が、自粛生活の続く中

「馬がにほん、あるね」

と換気するために大きく開けた窓際で二人でソファにくつろいでいると、

空を見ながらポツンと言った。

 

日本?

ちがう2本

馬が2本?

なんというのかわからないけれど、

と、一本は子供は故郷の名前をいい、

一本はここにあるのだと言う。

 

ここってここ?

と聞くと、東京と言う。

 

***

 

にこにこと笑いながらプーさんを抱っこして寝室へいった。

 

寝た後に記事を書いている。

 

とても不思議である。

 

聖書を自力で読むことがこの子はできない。

 

ただ昼間のテレワークの電話のあと

「かわいそうだ」

と真顔で他者のことを心配している顔はとてもハンディのある子には見えない。

 

三、四と続く予定の記事を今日は逸れて

忘れないように書き残しています。

 

写真はほとんどこの子が撮ったものですが、

この写真もCCUから一般病棟へ移った日に子供が中庭で撮った写真です。

 

今日も祈ります。

 

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