自分は悟れるだろうか。

 

日本語は、漢字は、本当に不思議です。

 

こういう時代がくることを正直、まったく想像していませんでした。

 

映画も好きでよく観ましたし、聖書も40代から知るようになりました。

 

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生まれた時から家は神事をするのが主で、

生活はそれに付随して動いていたので、神様への畏怖心は強かったと思う。

 

ところが目の前の事に集中する性質で、バランスよく周囲をみない。

 

気が付けば、今、ようやく頭を上げて状況を見る、という

当たり前なことを、この数ヶ月で体感した。

 

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昨年から不思議なことが起きた。

 

その前からきっと不思議だらけだったと思いますが、

なにしろ頭を上げずに駆け抜ける気質。

 

時間が与えられて、ようやく頭を上げた感じ。

 

そして、はっと涙がこぼれています。

 

神様って強制しないんだなあ・・・と。

 

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終わりの時代、とりなしてがいない、と聖書にあります。

 

私は聖書をすべて学んだわけでもなく

まったく知らないというわけでもないので、

終わりの時代、ということばが、どういう時かを知れ、という

語りかけも心の中にすっと入ってきます。

 

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宗教団体や政治団体や特定の組織に属していない個人、

特段、知識が豊富にあるわけではない。

 

作家だったり、医療従事者だったり、祭司だったりと

自分の職業が今の立ち位置を残してきたように感じている。

 

作家はまずは眼鏡をかけるな、と教えられた。

 

白衣は病者の誰の痛みにも染まれる白であれ、と教えられた。

 

祭司は、どこへも属するな、と教えられた。

 

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けっこう孤独である。

 

どこまで悟り続けられるか、思うこともしなくなった。

 

準備期間はそうとう与えられてきた、甘えるな、とも思う。

 

国難であることはどこの国も同じだと思う。

 

自分の生活圏の足元が崩れ始めていると誰もが感じているかもしれない。

 

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とりなしてはここにおります、主よ

 

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書くだけで世界中とつながる不思議な時代。

 

自分が悟ったところだけでも書き残し、ここが祈りの場所にできたら幸い。

 

執着しない、差を取ることが完全にできた方は十字架上の神様だけ

死の際まで、普通の人の指は何かをつかもうとする。

 

何かに触れようとする。

 

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「恐れなくてもよい」

と、人の弱さに添う神の愛。

 

そのスピリッツを真似て白衣はあり、

神の視点の至高を目指して、

眼鏡をはずして主人公が降りて来たままに書き残すのが作家であり、

ことばに降りてきた神の霊に伏して祈るのが祭司ならば、

総結集して、今、働かずして、いつ果たす、

頭を上げてしまったこの数ヶ月、

もう、ない、と思っていた集中力に最後の火が点いたのかもしれません。

 

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頭がこれまで走ってきたような角度に下がらないので、

最後だねえ・・・となんとなく諦めています。

 

自分の分を懸命に努めるのみ、です。

 

人にはみな、神様から預かったタラントがあり、

倍に増やせ、という命令があります。

 

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おのおのがた・・・あなたはあなたの務めを果たせ、とあります。

 

思い込むのもタラントだと思います。

 

みんな体はひとつ、人生は一度の条件は同じなのですから

自分を主人公に自分だけのタラントで人生を描き切る

悟れるか、自分。