今日は子どもの薬をもらいに雨の中出かけた。

3・11以来、雨や雷に固まってしまうので、

雨の日の外出は本人もそうとう頑張っている。

 

1月末に

子どもと私を診ていてくださったS先生が退職された。

私の母を看取って下さった先生で、

私と子供も先生の所へ通うようになった。

 

コロナ禍で

私も家の人になった。

子どもが通う所で感染症が発生した場合、

一人で日常生活をおくれない子供たちの親御さんも高齢化がすすみ

正直、その先が予想できない。

 

自分にできる最大限のことを考えた時、

子どもを守り、子供の居場所で頑張って下さっているスタッフさんへ

健康をアドバイスする電話対応に努めること

いざという時、それこそ捨て身で子供たちを守るため

自身が健康を維持しておく、という方法を選んだ。

 

コロナ禍では、

同じ薬を、do、で処方して下さるとありがたい。

なにしろ、この子は受診だけでも慣れるまでに時間がかかる。

 

新しいドクターになってもう気づけば半年がたった。

母を看取って下さったS先生の優秀すぎたエピソードを

半年間、6回、味わっている。

 

00さん、00さん

フルネームで二人そろって呼んで下さっていたS先生。

まずは、00さんから診ましょうか。

 

子どもの名前をフルネームで呼んで下さり、

私の名前も次に同じように言ってくださる。

語り口は優しく短い時間であっという間に心の距離を埋めて下さる。

 

大きなトラブルの時には

大学病院へも行くし、そのことも報告し、

我が家のホームドクター

 

ただ誰もが先生のようにやれるわけではないな、と

この半年思い知っている次第。

底がどこまでも広く深く

どこからボールを飛ばしてもキャッチして下さるキャリアと優秀さ

 

そうそう出会えるものではないなあ・・・と

母の引き寄せた縁に今頃、当たり前が当たり前ではなかったと茫然

 

わずか半年前の日常が戻らない。

厳しい限りです。

 

子どもの名前は呼んでくれない。

はなから会話のできない障害のある子と声かけもしない。

総合病院で断られた経緯もあることを話すと、

「当然でしょ?」

と、何をいまさら、という。

 

薬は出したがらない。

それでいながら

生理痛にオペの適応症例があることを嬉々としてすすめてくる。

子どもの頭越しに

子どもはだんだん俯いていく。

雨の中、トボトボと二人帰ってきた。

 

S先生は?

会いたいなあ・・・

 

子どもは帰り道、何度もそう言った。

お母さんも会いたいよ、お礼がしたい。

 

神様、

私たちのお礼なんてたかが知れているから

神様がいっぱいS先生へ幸せを運んでくださいますか。

 

おばあちゃん、

お母さんは、恩を受けたままの人ではなかったものね。

 

最後のことばは子どもも一緒に祈ってくれた。

この子はことばをきちんと喋れるし、場の空気もよむ。

この子たちはそもそも天使と呼ばれているのだ。

 

人は神様のいれもの。

人によって、その場が天国のように温かくもなるし

氷つくような心冷える場所にもなってしまうのだと痛感。

 

S先生がいなくなったから

よそを探そうか・・・

 

少なくとも自分の持ち場を温かい場所へ・・・

人の愛が冷たい時代なのだ、そう思いました。

 

祭司を看取った先生

葬式の時、皆がわかるように

主治医の先生のお名前をきちんと書いておいた。

そのお名前に

ありがとうございました、と

一人、またひとりとお礼を言っていた。

 

痛みをできるだけ味わないよう・・・

その言葉どうりにS先生は母を見送って下さった。

最高の主治医に出会えたことを改めて感謝しています。