153匹の大きな魚

 

 

神の網にかかった153匹

 

こういう日が来ることをまったく想像できなかった。

個人的には何度か死にそうな目に遭った。

交通事故には二度

病院で徐脈でCCUで、死ぬんだなあ・・・と覚悟した日もあった。

 

個人の状況であって

乗り越えて今日まで生きてきたら

聖書も開く

夢を見る日もある。

何度も、「これは奇跡だ」 と涙した日もある。

 

でも今日のこの状況は

まったく毎日が、想像を超えている。

 

自分はいったい今まで何をしてきたんだろう・・・

 

聖書はことばで編纂されているが、同時に数字が多く出てくる。

ことばは数字であり

数字はことばになり

 

アバウトな表現でことばが語りだすようでも

全部、数字で

聖書は緻密に

初めであり、

終わりであり、

成就であり、

神のパーフェクトな完成をみる。

 

153匹

神の網にかかった大きな魚たち

 

私には誇るものは何もない。

何よりいじけている。

 

子どもたちと離れていること

自分が現場にいないこと

 

家で子供の頃、

神様へ頼み込んだ最初の願いが

今叶ってしまっていることに覚悟が足りないこと

 

「かみさま、おねがい。

わたしは書くおしごとがしたいのです。

だれにもじゃまされないところで

書くことがしたいです」

 

神様は聞いて、ジャストミートで叶え下さっているだけだ。

 

神様なのだから、

時はいちばん理にかなった時にして下さるのだ。

 

恐ろしい・・・

私は自分の愚かさが怖い

覚悟が足りない・・・

 

子どもたちとも会いたいのです。

友達ともお茶したいです。

夜の海辺も歩きたいのです・・・

そんなことが先ほどまで脳裏をかすめていた。

 

それもみなあなたはしてきたではないか。

 

あなたは大きな魚で網にかかったのだ。

自分からかかったのだ。

 

獲ってもらったはいいが、

そのあと、

食べれない魚は食べてもらえない。

 

網を投げるように命じたのは神様

かかったのは自分

 

それだけでも十分ではないか

腐ったものにならなければいいじゃないか。

何を焦っているのか・・・

 

さあ

全身全霊であなたの神を愛せよ

 

わたしが網にかかった時、

網の仲間・一緒にかかった人たちがいるはずだ

 

その人たちへ伝えるだけではなく

 

このような時代に

家に居ながら

誰にも会うことができず・・・

届け、と書ける環境におかれたではないか

 

神の山に備えあり

 

 

とりなして祈ります。

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