申と竜の漢字

 

申命記の「申」

田という漢字は、十字架を四隅が担いでいるイメージがあります。

レビ族でなければ担げなかった神を運ぶこと

ダビデ王の時代、ウザという人が

契約の箱が転げそうになったのを手を伸ばして支えようとして

神に打たれて死んだ。

 

自分のやり方では、どんなに良いと思うことでもダメなんだ、

そもそもウザはレビではなかったから打たれたのだ、

と、

 

その田が天から地から

四隅を突き抜けて

神は当然それ以上であることを

畏怖をますます覚える「申」という文字

 

 

神へ、と天と地をまっすぐに登ることばの祈りの上に

「立つ」

立たれると、

申し上げる漢字は

下が這うようになり

「竜」 という漢字になります。

 

同じことを堂々巡りで悩んでいる時

まっすぐに天へ上るはずの申すごとに

立つものが立っている

立つものを置かない「悟りの」極みは、

「無」

よりも

最上の力が十字架の「死」の形

これが腑に落ちた瞬間

何も上へ立つことはできなくなる

 

神は「永遠のいのち」を下さるために

御子を十字架の死にまで至らせ

黄泉にまで下り

総ざらいをして、

大祭司として

贖いの傷のない子羊を御父の前で捧げ

「満足した」

「完了した」

と、そこを通るものは死なない、と語られたのです。

 

8はイエス・キリストを意味し

狭い道を通ってみれば

8は〇になって

初めであり終わりであり、

天へ上る祈りの上に何も立てないことがわかる。

 

とりなして祈ります。

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