私の助けは、どこから来るのだろうか。

 

 

 私の助けは、天地を造られた主から来る。

   (詩編121章2節)

 

 

一番つらかった時、

私は上の聖書のみことばを同僚からいただいた。

達筆な字のその友人から

今日は高価な果実・マンゴーが届いた。

 

私が辛い時、

不思議と友人の手が届く。

 

忙しいはずだろうから

メールで御礼を送り、

昔、いただいた箇所を開いてみた。

 

当時の感覚がすぐに戻る。

ありがたい。

 

何のお返しもできない。

気軽にお喋りができるというわけでもない。

 

それなのに

辛いなあ・・・

と思う日に、繋がることが嬉しい。

 

代々、5代も続くクリスチャン

 

ご先祖様が、聖書を隠していたエピソードを話してくれたが

自由に聖書を開ける今の時代とは違う緊張感に驚いた。

 

忍耐の上に練られた品性、

その先にある希望

 

品がある、というのはこういう人をいうのだろう、と当時思った。

 

遠慮が先に立つピリピリとした時代

 

一番気軽にすうと寄ってきてくれる。

構いもなく、普通に、すうと・・・

 

私は山に向かって目を上げる。

私の助けは、どこから来るのだろうか。

私の助けは、天地を造られた主から来る。

 

 

出会いは奇跡

神が織りなす綾

 

今日はあの時より辛いことがあり

私は天を見上げる気力も失っていました。

 

下を向く

そういう時に、

あなたはいつもしゃがんで声をかけて下さいますね。

優しさが何年も錆びないや・・・

凄いよ、本当に凄い人だ。

 

ありがとうございます。

 

とりなして祈ります。

 

 

 

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