蓋をされているような感覚

自由に考える間などほとんどなく

忙しく集中していた頃があったのだろうか

 

繋がりがブチブチと切れていくような

やはりあまり健全ではない毎日

 

***

 

 

私は救急室のベットで主治医の背後に十字架を見て

洗礼を受けたと何度か書いている。

 

徐脈で搬送され

自分でもどうしようもなかった絶命が脳をよぎった瞬間を

今でもはっきりと覚えている

 

子どもたちはどうなる

ハンディキャップの子はどうなる

息子は進学できないのか

娘は働いて下の子たちを養う運命を背負うのか

 

私が親だったばかりに

ごめんね

力もないのに、親なのに、ごめんね

 

誰か助けて下さい

子どもたちを守る力がもうない

限界

助けて下さい

先生を休ませたい

先生、もう十分です。ありがとうございます。

先生も人だ

私と同じ人だ

休んでください

 

誰か私を助けて下さい

子どもたち・・・を

ああ、子どもたち

 

魂の殻が割れる瞬間というのは生易しいものじゃない

死に際は

体がパカンときれいに割れるというあっさりしたものなんかじゃない

 

往生際が悪くて悪くて

救急車搬送、タクシーでたどり着くこと、同僚に運ばれたこと

三度目の正直で、

それでも往生際が悪かった

 

今なら

さっさとこういう展開ならと

指も離し

目も閉じて

あがくこともないだろうが

先をまったく知らない若い魂は

子どもを置いて死の向こう側へ行く根性などあろうはずがない

 

すったもんだの格闘の末

「助けて下さい。誰か助けて下さい」

と息も絶え絶えに吐いた言葉の先に十字架を見た

 

「あなたにはできない。わたしがした。あなたにはできない」

 

この方が神様だとわかった証しは何度か書いている

神様には死がない

神は霊である

 

十字架上の方は何をされているのか

「あなたにはできない。わたしがした」

ということをされているのだとわかった。

 

あれから

悲しいことは私の身に一度も起こっていない

子どもたちの身にも起きてはいない

 

そしてピタリと時が止まったような今が来た

自分の人生のために神様を見上げた当時とは違い

 

あの時のあの不思議の下に

もう一度タイムスリップしたかのような感覚に戻っている

 

救急室で見ている夢が今の家族の成長した状況のようで

自分が介在しているのが死に際の夢で

ここが幻のような

不思議な感覚にある。

 

***

 

人生は夢のように過ぎ去るとよく聞く話だが

妙な感覚をただ書いてみました。

 

主よ

あなたの御心がこの身になりますように

静まってあなたの中に座り

ただ御心がなりますようにと祈ります

 

あの時

死んでいたなら

子どもたちは路頭に迷って

苦労はいくらでも子らにおいかぶさっていただろう。

 

十字架上の

血潮はそれを覆うだけではなく

夢でも幻でもなく

実際に

想像を超えた人生へと彼らを連れて行った

 

神はおられる

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