頑張っても疲れない洗礼のあと

シングルマザーで仕事も多忙

ある朝、ベッドから起きれなくなった。

 

大事な休むことなど絶対に許されない日

子どもたちだって休みや遅刻は彼らの望むところではない

 

なんとかみんなで必死に助け合って間に合うように準備をし

ハンディのある子を送迎車へ送り出し、上の子たちも登校し

職場へかろうじて欠勤の電話をかけた。

 

バッテリー切れ

本当にそういう状態でまったく起き上がれない

それをだましだまし

数日間

いよいよ徐脈で死にそうになった。

 

今思い出すだけでぞっとする。

人は人を根本から助け出すことはできない。

 

優しい友人たちや身内や同僚や

子どもたち、主治医の先生

たくさんの手で救急処置のようなフォローがあって

 

それでも皆、誰だって必死で生きている

そうそう毎日、他者をおんぶなどできない。

 

一週間ほどの限界の果てに

私は十字架上のイエス様を見た。

 

教会へ行った経験もなく

周囲にそういう環境はなかった。

なにより実家は神道系の神職の家

 

西洋の神様

絵画の世界で見た十字架の外国人のようなお顔の神様

予想や思い込みを完全に打ち消すような

 

懐かしい

懐かしい顔

 

信頼し恥をさらして助けてちょうだい、

と頼める人たちさえも、

疎ましいと感じた生きる力の限界の時

 

人はもういいかな・・・

 

土埃のついた血のりのついた下を向いた顔は

縁もゆかりもない遠くの人の顔ではなく

痛くてたまらない一番身近な人の顔だった。

 

海外でピストルに撃たれて運ばれてきた患者さんや

集団に暴行を受けて血と泥が体中についた患者さんを

目の当たりにしたあの時と同じように

 

幾重にも痛めつけられたあとは普段の生活の人の表情の中では

見かけることはけしてないだろう。

 

***

 

洗礼を受けた

水の中に沈んでいる間の心地よさ

死んでいいのね・・・

休んでいいのね・・・

脱力、許可されているんだよね

 

ザバーと

生まれ変わったあの瞬間も忘れない

 

体を動かしていたスイッチが一度切れた

脱力

ほんものの休憩

 

あれから今日まで

体を動かして生き続けているが

視界が一瞬で甘い楽園になることを

ザバンと蘇ったあの日から経験し続けている

 

聖書のことばの世界は視界を変える

必死で応援してくれた恩人たちへ

何の説明もなしに姿を消したような気がして

 

当時を説明したい

自分の身に起きた不思議を伝えたい

恩返しがしたい

 

こういう感覚は、伝道に近いのだろうか

宗教を無理強いしない、という遠慮が先だってきたが

今は

来る方拒まず

 

あの時は

この時までの猶予期間のようだと感じている

 

自由意志を聖書は大切に語っている

花嫁の意志を応答を

一番ドキドキと待つのは花婿だと思うと

この摂理の甘さに、深さに、ただただ感謝。

 

聖書の結末はそのように書かれている

私はそのほんの一部分しかわからない

 

ただクライマックスだけは知ってしまった

クライマックスから入った、ように思う。

 

一冊の書物であり

いのちの恩人について書かれた本なのに

まだ熟読できず、全ストーリーさえわかっていない

 

頑張らなくなったから疲れないのか

ワンオペで命ながらえ、リハビリや生活指導まで

退院の前に受けて、

それを続けて今があるのだと思う

 

霊と魂が切り分けられたのだと

聖書を学びに行ったところで先生に教えていただいた。

 

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