子離れ、何故しないといけんのだ

 

難しい。

祈ってみたけれど、やはり難しい。

祈らないといけないほど考えているということで、やっぱり難しい。

 

次男坊には

お母さんとは相性が合わんかもしれん、と言われたことがあった。

 

合う、合わんて、

そもそも人のお腹の中で

血もらって

息して

それで生きて生まれてきたんだから

適合しているじゃんか・・・

 

母も祖母も同じことを言っていた

最後の最後

母親は、八つ当たりされる最後の砦

駆け込み寺

負の倉庫

黒歴史のごみ屋敷

 

いいじゃないの

世間と格闘して

やれていない時、誰かのせいにして逃げたい時

それは逃げるだけの人生はダメだよ。

でも息つける、愚痴のはけ口はないとポッキリ折れてしまう

 

いいんだよ

お母さんは甘ったれの言い訳場所でいいんだよ。

 

***

 

割に合わないねえ

心労だねえ

だから年中祈って、

あの子もこの子もお守りください、って頭下げてばかりいるんだよね。

 

しょうがないよね。

お腹にいた時から

ヨチヨチ歩きから

後ろをついてくるはずの子どもが自立したからといって、

お母さんの体の隅々まで

母性本能でできてしまっているんだから

子どもを守るためのホルモンのおかげで

時に男性より逞しく見える時だってあるんだから

 

***

 

私の場合は

子離れという時期がコロナ禍の軸になって悩ましい限りですが

元の2019年のような生き方に戻れるかと考えると

できそうでもあり、

いや、変え時だという気持ちも起きて、やはり悩ましい。

 

体力が落ちて思考も冒険を避けようという傾向になり

守ろう、守ろう、という守りの思考が芽生えてきていると思う。

 

思い込みをやめようと思う

子離れ、

何故せんとあかんのや、と発想を変えた。

 

放蕩息子が戻ってきた聖書では有名な箇所がある。

盛大にお父さんが迎えてあげるシーンはとても深い

 

温かいご飯ときれいなシーツ干されたふかふかのお布団

あったかいお風呂に洗濯されたパジャマ

 

それだけで子供の非行はなおる、と夜間パトロールの

ボランティア活動の時、警察官に教えてもらった。

寝具の汚れは生活の乱れのバロメーターだというので、

子育て期間、どんなに忙しくても

あったかい気持ちいい我が家、と意識し続けてきたように思う。

 

***

 

子離れはしない。

コロナ禍、何が起こるかわからないこの時期

ゆるい気持ちいい、いつでも帰れる場所をキープしていて何が悪い。

 

家の中をきれいに掃除してカフェのように珈琲の香りもあって

いつでも寝れる洗い立てのシーツと気持ちいいベッド環境をつくって

 

美味しいスープと

元気の出るニンニクたっぷりのステーキがいつでも焼けるように

誰が飛び込んできても

お帰り、と

 

部活帰りのわが子を迎える気持ちで、

概念を捨てて

楽しい時には戻ってこなくたっていいんです。

子どもの幸せは親の幸せ。

この年のこの状況を柔らかく乗り越えていけたら、

そういう気持ちになってきました。

 

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