投稿者:拝原 しげる
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申と竜の漢字

 

申命記の「申」

田という漢字は、十字架を四隅が担いでいるイメージがあります。

レビ族でなければ担げなかった神を運ぶこと

ダビデ王の時代、ウザという人が

契約の箱が転げそうになったのを手を伸ばして支えようとして

神に打たれて死んだ。

 

自分のやり方では、どんなに良いと思うことでもダメなんだ、

そもそもウザはレビではなかったから打たれたのだ、

と、

 

その田が天から地から

四隅を突き抜けて

神は当然それ以上であることを

畏怖をますます覚える「申」という文字

 

 

神へ、と天と地をまっすぐに登ることばの祈りの上に

「立つ」

立たれると、

申し上げる漢字は

下が這うようになり

「竜」 という漢字になります。

 

同じことを堂々巡りで悩んでいる時

まっすぐに天へ上るはずの申すごとに

立つものが立っている

立つものを置かない「悟りの」極みは、

「無」

よりも

最上の力が十字架の「死」の形

これが腑に落ちた瞬間

何も上へ立つことはできなくなる

 

神は「永遠のいのち」を下さるために

御子を十字架の死にまで至らせ

黄泉にまで下り

総ざらいをして、

大祭司として

贖いの傷のない子羊を御父の前で捧げ

「満足した」

「完了した」

と、そこを通るものは死なない、と語られたのです。

 

8はイエス・キリストを意味し

狭い道を通ってみれば

8は〇になって

初めであり終わりであり、

天へ上る祈りの上に何も立てないことがわかる。

 

とりなして祈ります。

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愛という漢字

漢字は聖書を知ると、鳥肌ばかりが立ちます。

愛は返ってくると嬉しいですし、

やはり帰ってこない愛を注ぎ続けることができるのは

自分の場合ですと、子供たちでしょうか。

 

夫婦は一対とカウントされていますので、

子離れのできない母親ですが、

こういう時代の暗闇を目の当たりにすると

子どもたちのことをあれこれ心配ばかりしています。

 

親へ心配をかけずに自立していくことが親孝行だと

ずうと思っていましたが、

 

今日は

だいぶ昔に亡くなった父親のことを思い出して

違うかも知れない、とまさかの親側の本音に、ドキッとしました。

 

老人になる前に亡くなってしまった父親ですが、

亡くなる直前までの短い間、

上の子二人の子育てを手伝ってもらった。

 

若いころと違って体力の落ちた今ごろになって、

走り続ける日々が急に休みが多くなって、

当時の親の気持ちに最近ようやく追いついている。

 

孫を山へ海へと男の子だから、と連れて行き

エスカレートしていく鍛えっぷりに

母が、私の許可を取るよう

夜中、そっと話していたのを聞いてしまった。

 

「自分の子どもの時は、お父さん、若かったでしょう。

親子は体力が合うように、神様がそのようにしているのだから」

 

亭主関白の背中が、急にがくっと落ちたのを見てしまった。

 

ある時は、

孫娘のつくる初めてのお弁当作りに

親なら制限がかかるだろうから、

まずは自由にやってみよう、と

こそっと二人だけで買い物に行き

5千円分の食材を買ってあげるはめになり、

小さなお弁当箱に

一切れの卵焼き、一個だけの小さなハンバーグ

いっぱい残った野菜

サラダはほんのひとつまみ

 

今ならメールで写真を共有できるだろうが

当時はあとづけの会話力が

その溺愛ぶりを伝えてくれていた。

 

出来上がったお弁当を持って友達とお出かけした孫娘の

散らかった食材を愛しそうに全部集めて調理して

どれだけあの小さな作品が素晴らしい出来だったか、

お弁当自慢を亡くなる前まで自慢していた。

 

私たちが遠方へ越してしばらくして亡くなったが

寂しすぎたのかもしれない・・・

と、今日は遺影を見て、謝った。

 

完全に巣立つのが当たり前、

と思い始めたのはいつごろからだろう。

私は祖父母を覚えているし、

両親とは違った知恵をたくさんもらったと記憶している。

 

息子が20歳の記念に

バイクで旅をして寝袋だけで眠った武勇伝を写真と共に

見せてくれた時、

いつどこでそんな知恵身につけたの?

とあの時は不思議に思っていたが

 

自分で・・・

違うな

やはりたくさんの愛の添加物をいっぱい君たちは貰っていたんだね。

親は命を守るためにお金を得て来て

ご飯を食べさせて、寝かせる場所を確保して・・・

その日、その日を乗り越えるのに

けっこういっぱいいっぱい

 

友達やおじいちゃん、おばあちゃん、先生、知り合い・・・

いっぱい親の知らない所で恩恵を受けてきたんだと有難い。

 

どういう場所で寝ていいか知ってる?

得意げに聞いていた息子に

木の根元や燃えやすいものがないことや

少し土地がむき出しで緑の上に場所をとらないことなど

など話したら、

少しムッとされた。

じいちゃんとの聖域に踏み込むな、

と思っていたのかもしれない。

 

絵に書いてくれたのを見て

へえ~

と、改めてレクチャーを受けたが

やはり昔の人から受けた野人教育は理にかなっているから凄い。

 

厳しい毎日に自然回帰願望が続いていたが

今日は、何かが方向転換した気がしている。

 

今日も子どもたちが無邪気に傍を駆け回って帰っていく。

4秒見たら犯罪ね、と

言われているので、

頑張れ、と心の中で応援して見ないようにおばちゃんは頑張っている。

田舎暮らしに猛烈に気持ちが揺らぐ瞬間、

 

でもコロナ禍で、

何かが変わったのは確か

 

東京で暮らしていて

東京人が東京を愛さなくて誰が愛する、

と愛郷心のようなものが強くなった。

東京が愛おしい。

 

上京してここでなければ学べないものがある人も多い。

なにより日本の首都ではないか。

 

頑張れ、東京

頑張ろう、東京人

そういう気持ちが日に日に強くなっていく。

 

人々の愛は冷たくなり、と聖書にある。

本物の愛を実践できるのは神のみ。

 

「愛」

という漢字には、三位一体の神の意味がぎゅっと

収められていると思う。

ぶどうの木の枝は低く低く伸びていく。

高ぶるなかれ、

低くなれ、

と天からの声を聞いたような気がしている。

 

あなたの神を愛せよ

神の第一の戒めである。

 

東へ西へ南へ北へ

天から地へ

地の底まで総ざらいして

神の愛には地境がない。

 

どなたも神の被造物

とりなして祈ります。

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153匹の大きな魚

 

 

神の網にかかった153匹

 

こういう日が来ることをまったく想像できなかった。

個人的には何度か死にそうな目に遭った。

交通事故には二度

病院で徐脈でCCUで、死ぬんだなあ・・・と覚悟した日もあった。

 

個人の状況であって

乗り越えて今日まで生きてきたら

聖書も開く

夢を見る日もある。

何度も、「これは奇跡だ」 と涙した日もある。

 

でも今日のこの状況は

まったく毎日が、想像を超えている。

 

自分はいったい今まで何をしてきたんだろう・・・

 

聖書はことばで編纂されているが、同時に数字が多く出てくる。

ことばは数字であり

数字はことばになり

 

アバウトな表現でことばが語りだすようでも

全部、数字で

聖書は緻密に

初めであり、

終わりであり、

成就であり、

神のパーフェクトな完成をみる。

 

153匹

神の網にかかった大きな魚たち

 

私には誇るものは何もない。

何よりいじけている。

 

子どもたちと離れていること

自分が現場にいないこと

 

家で子供の頃、

神様へ頼み込んだ最初の願いが

今叶ってしまっていることに覚悟が足りないこと

 

「かみさま、おねがい。

わたしは書くおしごとがしたいのです。

だれにもじゃまされないところで

書くことがしたいです」

 

神様は聞いて、ジャストミートで叶え下さっているだけだ。

 

神様なのだから、

時はいちばん理にかなった時にして下さるのだ。

 

恐ろしい・・・

私は自分の愚かさが怖い

覚悟が足りない・・・

 

子どもたちとも会いたいのです。

友達ともお茶したいです。

夜の海辺も歩きたいのです・・・

そんなことが先ほどまで脳裏をかすめていた。

 

それもみなあなたはしてきたではないか。

 

あなたは大きな魚で網にかかったのだ。

自分からかかったのだ。

 

獲ってもらったはいいが、

そのあと、

食べれない魚は食べてもらえない。

 

網を投げるように命じたのは神様

かかったのは自分

 

それだけでも十分ではないか

腐ったものにならなければいいじゃないか。

何を焦っているのか・・・

 

さあ

全身全霊であなたの神を愛せよ

 

わたしが網にかかった時、

網の仲間・一緒にかかった人たちがいるはずだ

 

その人たちへ伝えるだけではなく

 

このような時代に

家に居ながら

誰にも会うことができず・・・

届け、と書ける環境におかれたではないか

 

神の山に備えあり

 

 

とりなして祈ります。

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今日は子どもの薬をもらいに雨の中出かけた。

3・11以来、雨や雷に固まってしまうので、

雨の日の外出は本人もそうとう頑張っている。

 

1月末に

子どもと私を診ていてくださったS先生が退職された。

私の母を看取って下さった先生で、

私と子供も先生の所へ通うようになった。

 

コロナ禍で

私も家の人になった。

子どもが通う所で感染症が発生した場合、

一人で日常生活をおくれない子供たちの親御さんも高齢化がすすみ

正直、その先が予想できない。

 

自分にできる最大限のことを考えた時、

子どもを守り、子供の居場所で頑張って下さっているスタッフさんへ

健康をアドバイスする電話対応に努めること

いざという時、それこそ捨て身で子供たちを守るため

自身が健康を維持しておく、という方法を選んだ。

 

コロナ禍では、

同じ薬を、do、で処方して下さるとありがたい。

なにしろ、この子は受診だけでも慣れるまでに時間がかかる。

 

新しいドクターになってもう気づけば半年がたった。

母を看取って下さったS先生の優秀すぎたエピソードを

半年間、6回、味わっている。

 

00さん、00さん

フルネームで二人そろって呼んで下さっていたS先生。

まずは、00さんから診ましょうか。

 

子どもの名前をフルネームで呼んで下さり、

私の名前も次に同じように言ってくださる。

語り口は優しく短い時間であっという間に心の距離を埋めて下さる。

 

大きなトラブルの時には

大学病院へも行くし、そのことも報告し、

我が家のホームドクター

 

ただ誰もが先生のようにやれるわけではないな、と

この半年思い知っている次第。

底がどこまでも広く深く

どこからボールを飛ばしてもキャッチして下さるキャリアと優秀さ

 

そうそう出会えるものではないなあ・・・と

母の引き寄せた縁に今頃、当たり前が当たり前ではなかったと茫然

 

わずか半年前の日常が戻らない。

厳しい限りです。

 

子どもの名前は呼んでくれない。

はなから会話のできない障害のある子と声かけもしない。

総合病院で断られた経緯もあることを話すと、

「当然でしょ?」

と、何をいまさら、という。

 

薬は出したがらない。

それでいながら

生理痛にオペの適応症例があることを嬉々としてすすめてくる。

子どもの頭越しに

子どもはだんだん俯いていく。

雨の中、トボトボと二人帰ってきた。

 

S先生は?

会いたいなあ・・・

 

子どもは帰り道、何度もそう言った。

お母さんも会いたいよ、お礼がしたい。

 

神様、

私たちのお礼なんてたかが知れているから

神様がいっぱいS先生へ幸せを運んでくださいますか。

 

おばあちゃん、

お母さんは、恩を受けたままの人ではなかったものね。

 

最後のことばは子どもも一緒に祈ってくれた。

この子はことばをきちんと喋れるし、場の空気もよむ。

この子たちはそもそも天使と呼ばれているのだ。

 

人は神様のいれもの。

人によって、その場が天国のように温かくもなるし

氷つくような心冷える場所にもなってしまうのだと痛感。

 

S先生がいなくなったから

よそを探そうか・・・

 

少なくとも自分の持ち場を温かい場所へ・・・

人の愛が冷たい時代なのだ、そう思いました。

 

祭司を看取った先生

葬式の時、皆がわかるように

主治医の先生のお名前をきちんと書いておいた。

そのお名前に

ありがとうございました、と

一人、またひとりとお礼を言っていた。

 

痛みをできるだけ味わないよう・・・

その言葉どうりにS先生は母を見送って下さった。

最高の主治医に出会えたことを改めて感謝しています。