投稿者:拝原 しげる
  • ひとつの心とひとつの道

    2020/11/01

    未分類

    祈れば与えられるエレミア書32章39節から44章まで***冬期は東京を離れることになった子育ても一段落したはずなのに子離れできない心・・・それでもこの一年で整え ...

  • 天高く柿

    2020/11/01

    日記・コラム・つぶやき

    雲一つない晴天に誘われて近くの公園へ散歩に出かけた森の中まで進んだ?と思っても街中の公園ゴトンゴトンと電車の音が聞こえてくる土の上を歩きたくて来ているので電車の ...

  • 夕があり

    2020/10/24

    聖書

    こうして夕があり、朝があった。第一日目(創世記1-5)***私には人生の記憶が二種類ある洗礼を受けたいきさつは何度か書いてきましたがbeforeafterできれ ...

  • 整えて祈る人

    2020/10/21

    インテリア

    職業を選べたらインテリア関連の仕事がしたかったな、とよく人に話します。転勤や引っ越しで住まいが変わるたび住まいの近くに緑はあるか川や湖や海があるか部屋の中は賃貸 ...

ひとつの心とひとつの道

祈れば与えられる

 

エレミア書32章39節から44章まで

 

***

 

冬期は東京を離れることになった

子育ても一段落したはずなのに

子離れできない心・・・

それでもこの一年で整えられ

フットワークをもっと軽く、生き生きと、と

みことばは背中を押して下さる

 

***

 

人生は一度きり

ひとつの心とひとつの道も

何であるかは自分が一番よく知っているはず

 

腰に帯を締めて

真理の帯を締めて

 

本気でフリーダムを生き切ろうと思う

あなたはカメラを持ってね

わたしは聖書を持つから

 

子どもと約束をして

今夜は楽しい夢をみよう

 

 

 

 

カテゴリー
タグ

 

雲一つない晴天に誘われて近くの公園へ散歩に出かけた

森の中まで進んだ? と思っても街中の公園

ゴトンゴトンと電車の音が聞こえてくる

 

土の上を歩きたくて来ているので

電車の音も不思議なコラボで心地いい

 

さて帰ろうか

帽子をかぶったどんぐりを拾いながら歩いて

ふと天を見上げた

 

鳥の鳴き声が多いな、と思ったら柿の木

空の青と木の緑と柿の色合いとが美しくて子供に撮ってもらった。

 

***

 

早いもので、もう11月

時間が止まったようなこの一年

 

長い時間立ち止まったので

これまで時間との勝負のような生き方が使えない代物になって

しばらくアイディンティティさえ見失いそうななかで

 

ある資料としての

短い論文を読む機会を得た

公的な承認を得たとあり

ざわざわと心が落ち着かず散歩に出た次第

 

***

 

悲しみに襲われた

歴史の記述としてこれが残るのだろうか

口伝とはなんだろうか

 

さて、と

 

足が土の上を歩くと

脳が待っていたかのように

どの引き出しも開きやすくしてくれる

 

 

***

 

歴史

漢字を分解すると

幕の内側に二本の木、下に止まれとある

史は罪状書きと十字架であり、下ろされている最中のように見える

 

***

 

聖書が啓かれるまで

洗礼の機会が訪れるまで

私が体験した不思議な伝承は

当時は宝の持ち腐れ状態

 

日常を生き切るのにせいいっぱいな若者には

日常とは、それとは別の「文化」 や

催事のような切り離して従事するタブーのように思えた

 

 

***

 

 

 

口伝を受け取る場合

解釈を持ってはいけないし、足してもいけない

もちろん引いてしか覚えられないような人には口移しはない

 

神が第一である

その下に幾重にも人の命がぶらさがっているのだから

人、個人の云々ではない

 

 

国の資料として承認された年月日や調査日を見た

やはり力が抜けてしまった

 

聖書は足してもいけない

引いてもいけない

私的解釈を加えてもいけない、とある

 

***

 

土の上を歩きながら

気持ちいい天気のなか

芝に座って祈った

 

何をすればよいですか

神様、わたしは何をすればよろしいですか

 

***

 

 

帰路の途中で見上げた柿の木

下に落ちたものあり、

鳥に食べられている最中のものもあり、

 

無傷のものはあるか、と探してみようと見上げたが

やめとこう・・・

 

生き残るは、

 

その時の運

その時の全力

 

ふとそう思った。

 

書いて残すことはご法度の意味が身に染みた

伝承しなければ土の中に埋めたままのしもべと同じ

 

聞こうとする次世代と

語ろうとする世代と

邪魔をしない時代の空気感が絶妙に揃わないと厳しいなあ

と改めて思う

 

神の息の長い時代

何かがなされていく過程

誰かが自己流を貫いたらモノはできない

 

血管を剥離し神経を上手に避けて臓器までたどり着く過程を

天才な指がいこうが凡人がいこうが基本どうりでなければ患者さんは亡くなる

 

どの仕事も同じだと思う

 

祈ることが職業だとする

ましてやマニュアルを残してはいけないとする

 

***

 

足してはいけない

引いてもいけない

私的解釈を加えてはならない

 

聖書をいただく時の基本

 

***

 

重い腰をあげて

伝承すべき人たちへ

まずは受けたものをただ伝えようと思う

自分はすべきことを何も果たしていないのだから

人の論文にたじろぐ前に

神を恐れることは個々人のこと

人をはかることは仕事ではなく

間違ったことを上塗りされることをただ見過ごすこともまた、

神に仕える人がすることでもない

 

*** 

 

神を恐れること

聖書はこれを第一の戒めとしている

私はただ神を畏れている

  • 聖書
夕があり

 

こうして夕があり、朝があった。第一日目 (創世記1-5)

 

***

 

私には人生の記憶が二種類ある

 

洗礼を受けたいきさつは何度か書いてきましたが

before after できれいに分けられている

 

洗礼のあと、

「こうして夕があり、朝があった」

 

いきなり朝の体験がない

 

十字架刑は夕方完成したので

夕焼けで人が寂寥感に襲われる普遍は意味があるのだと思う

 

それに私は木材に落ち着いてしまうので

山小屋・海小屋・畑小屋のようなインテリアに惹かれてしまう

 

誰から強いられたわけでもないのに

十字架上のイエス様の姿やお顔の絵や映像を見ると

自分の息子・・・あるいは父親や

あるいは兄弟が・・・

苦しんでいる傍らにいる男性が

理不尽にも磔にされている光景に見えてきて

胸が痛み涙があふれる

 

見上げていたマリアを初めヨハネや女たちの痛みが自分に重なる

今もこの時も

ゴルゴタの丘の十字架刑は自分と無関係なものではない

と、はっきり何のことよりもリアリティとして迫ってくる

 

神が人となって十字架にかかり

死んで三日目に蘇られた

 

こうして夕があり、朝があった

 

***

 

 

このことを

わが身のこととして刻まれたことをなによりだと思う

そうでなければ

自分の肉体の朽ちる時もそうだろうが

 

自分が生んだ子供たちの生きている全てを

守れるはずもない自分の非力さにいつまでもオタオタしていたと思う

 

この世の君を制し黄泉にまで下り、アビスに閉じ込め

天に帰られた神

 

天と地とを結ぶ

恐れなくても良い

わたしを通れ

わたしが道である

 

と十字架を示して下さった

 

人の体の痛みを表す医学用語でもある、閾値

不思議だが、有るか無いかである。

 

痛みの波は5だろうが3であろうが

有るか無いかである。

 

鳥居をくぐった瞬間の行為を語源としているというから

日本語は凄い

 

夕がわかるか

朝がわかるか

 

神は今もなお道を示し続けている

私はもうくぐった。

 

 

有るか無いかでいえば、無い

***

 

夕焼けが美しい

けれど寂しい

 

人は神様を十字架にかけてしまったのだから

 

彼らは何をしているのかわからないのです

父よ、彼らをお許しください

 

イエス様はそう語って

全人類のための罪の贖いとなられました

これが救い、メシアの意味だと聖書にあります

 

  

 

 

カテゴリー
タグ
整えて祈る人

 

職業を選べたらインテリア関連の仕事がしたかったな、

とよく人に話します。

 

転勤や引っ越しで住まいが変わるたび

住まいの近くに緑はあるか

川や湖や海があるか

 

部屋の中は

賃貸なら戻せるような壁紙か板を使い

小屋の居心地をいつもイメージし

足を置く場所をまずは整える、という強迫観念に似たものを

若い頃は持っていた

 

***

  

引き寄せ合うように

インテリア好きな方々と沢山の出会いがあった。

その中でも師匠と思っている

出会った時、80代だったその方は

今ならサ高住のような所でお住まいだった

 

トイレもお風呂も備え付けの小さなキッチンも

どの部屋も同じようなモノ

 

きれいにして下さるのもプロのお仕事なので

部屋は清潔感にあふれていて

 

ご本人のポツンと座っておられる孤独感が

こちらにも迫ってくるような空間

 

ところが部屋で数分過ごしたら

ご本人の人柄だけではなく、何かがあったくて

不思議で、なんだろう・・・なんだろう、と・・・

 

珈琲を飲まれたあと、

ベット脇の小さなテーブルの上を

震える指できれいに拭き始めた。

取ったあとのティッシュの小箱をきちんと指で整えて

さらにもう一枚で写真を拭いて・・・

 

私ね

もうここしか掃除できないの

 

お部屋をきれいにするのがお好きなのですか

と、尋ねると

アルバムが棚にあるから、もし良かったらと

見ますか、と

 

想像を超えたかっこいい写真が目に飛び込んできた

広くてきれいな畳間

黒光りする床と絶景の庭

凛とした着物姿の美女

 

写真に引き込まれて時間が気になるか、と内心焦ったが

 

点と点

線が絵になり鳥瞰図になり

立ち上がって迫り、きれいに着地するような

生きてきた道のりを教えてくださるような

ただ一冊のアルバム

 

見るのに要した時間は数分

二度見たが、足しても数分

ベットのサイドテーブルへ伸びた手のしぐさから

小気味いい、

整理整頓や清潔さへの誠実さみたいな感覚が湧いたことの意味が

なんとなくわかった気がした。

 

老いているのに悲しくない

 

若者を誘い教える時間がわずか数分

与えうるものを与え切る美しさ

さっぱりして欲がない

 

***

 

聖書でレビ人は幕屋が移動する時も

祈りに関わる道具の管理、セッティングを任された、とある

 

神の前に祈りの際に使う道具や配置を

心を込めて生涯の仕事として、誠心誠意仕えていたとある。

 

神さんに仕える家の性分

 

その方が教えてくださったことが

聖書を知って、ますます腑に落ちた

 

インテリアコーディネーターになり損ねただけでなく、

部屋もなかなかカッコイイ暮らしまでいけず、

グタグタと過行く日々と格闘し、

洗練された域、憧れの域はほど遠く・・・

 

最後の最後は

出会ったその方を見習いたい、と今も思います。

 

 

 

カテゴリー
タグ