投稿者:拝原 しげる

昨夜は運よく夜空にロマンを見つけました。

 

梅雨に入る前の月夜、今夜もきれいな月ですが、

ニュースで報道していた時間に合わせてスタンバイ。

 

まるでUFOを見てしまったかのような高揚感に浸りました。

 

***

 

これまで当たり前だと思って享受してきた日常。

 

自分も社会に貢献していると思っていたことがほんの一部だということや

人が人生の全てをかけて跡をリレーしていくことの切なさや

短さを思ったり、

 

***

 

若い時は無我夢中で頑張ったほうがいい、と昔から言われてきた

ことですが、本当にそう思います。

 

年を重ねればできないことが増えます。

 

人様に迷惑になるようなことは控えようとするから

だんだん無我夢中でするようなこと、無謀なことは頭から消えていく。

 

人生は無我夢中な時がいちばん輝いている、そう思います。

 

勢いに他者もひきずられて夢を重ねてもいきますし、

失敗か成功か、それもわからないまま走って消えて・・・

 

ISS、ああ! という感動の声をあげた瞬間から

あああ・・・と見えなくなりました。

 

人があの中で働いているなんて、凄いなあ、と

今夜も昨夜の余韻で月夜を見上げていました。

 

***

 

自分の人生を誇れるか、と天を見ながら、ふと思い

整理はできないけれども、死ぬことは大抵、物事の途中だと

何度か聞いた気がします。

 

大げさかもしれませんが、

三ヶ月のステイホームで、個人的な願いと、信仰的な祈りを分けて、

過ごすようにしました。

 

ハンディのある子供のために、自分が先に倒れるわけにはいかないという

ナーバス過ぎる感染予防と健康管理、全力を尽くしてあとは天の成すとおりに。

 

それとは別に、

生まれた時から今日までのアイディンティティ、

なんのために生まれて何のために生きているのか。

 

「わたし、このわたしはこの時のために在る」

十字架上のイエス様の

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」

 

この奥義のゆえに、

祈れ、とりなせ、という感覚を全身全霊で覚え、

 

***

 

時空間を越えて、

痛みと切なさと甘さと確かな帰属感と

不思議な到達感で心が着地する、

呆然とするような祈りの日々が続きました。

 

***

 

若い頃の無我夢中はもう無理ですが、

手を指を広げて

何も掴まず、

わが身をゆだねます、という

 

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

「わが身を御手にゆだねます」

 

という神様の一回限りの壮大なプロジェクト

意味が染み入る時間がずいぶんある今、

年齢別の神様の恩寵がありがたい。

 

赤ちゃんには赤ちゃんに、働き盛りの無我夢中な苦しさにはその渇きに添い

身が不自由な孤独な時にはそこまで伸びてくる恩寵、

すべてがありがたい。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。

わたしがあなたがたを休ませてあげます。

   マタイ11-28

 

***

 

すっかり疲れてしまいましたので、

部屋で静かにひとりで聖書のマタイの福音書を読みました。

 

昨年の10月頃から庭が欲しくて、ガーデニングがしたくて、野菜を育てたくて

憑かれたように物件を探し、田舎へしばらく行こうかとも思い、

間に合わないなら、何故かTVを買わなければと思い、

 

TVを買い、ソファを買い、絨毯を買い・・・

 

質素だった生活空間は年明けて別物になり・・・

 

***

 

昨日から通常の生活に戻って

ようやく憑き物が落ちたようにポカンとしています。

 

どなたも同じように、今年の災禍を必死で戦っているのだと思います。

 

集中力を自分の判断で使う自由はほぼ削がれ

適応、さらに適応と、

災難以外のなにものでもない、苦痛の日々、まだまだ続いています。

 

***

 

少し休憩したら

七つの血潮の続きを書いていきたいと思います。

 

***

 

わたしがあなたがたを休ませてあげます。

 

という上の御ことばを、神様が語ったのだと思うと、はっとなります。

 

休ませるという概念。

 

愛がなければ休ませてあげる、という言葉は出てきません。

 

一方的に無条件で休ませて下さる。

 

親以外に無条件は経験したことがない、のが大半だと思います。

 

その親が休ませてあげるどころか、恐怖を与える虐待のような闇も

あるのですから、

無条件に、完全に休ませる、

というのは、人の間では及ばない

神様からの奥義だと思います。

 

神様と人の間にある自由意志尊重の掟

「わたしを信じるか」

信じるも自由、信じないも自由。

 

子どもたちへの保護や弱者への保護も語られたうえでの選択の自由。

 

***

 

親子でも及ばない領域の休息、

体はひとりに一体、

ひとつだけですから疲れる時もあるはずです。

 

それを休ませてあげる、と語っているのですから

ありがたいかぎりです。

 

通常の生活が戻ってきました。

 

2月26日から5月26日まで、ちょうど三ヶ月ステイホーム。

 

出勤前に体温測定とSPO2モニターで酸素飽和度を測定、

マスクに帰宅後シャワー、と手間がかかることが多くなり

暑さに脱水予防に

これからの梅雨、台風・・・

 

予防対策に追われて、生きることって大変な労力を使っていたんだな

と改めて、思います。

 

無我夢中で一度目を乗り切ったような少し疲れた心に

にわかベランダガーデンが癒しになりました。

 

***

 

ブログ使用の期限が切れても予防のためホテル生活の家人には頼れず

記事も写真も消えていた当ブログ、

訪問下さった方、誠にありがとうございました。

 

少しでもお役に立てる記事を書けるようまた頑張りたいと思います。

 

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

帰宅したらシャワー

午後12時から14時までの間に太陽にあたりながら集中して仕事をこなす。

 

自衛官の方々がクルーズ船での任務を果たされ

誰一人陽性者が出なかったことから

感染予防策を教えてほしいとの声が多いという。

 

医療従事者もほぼ同じような意識下で

自身の健康を維持することはもちろん他者を救うため働いている。

 

これは聖書でもきちんと語られている。

 

水浴のあとに油を塗ることも書かれており、

感染確認や隔離の方法も書かれている。

 

自分が生まれるずうと前のことだと思うと

改めて、凄いことだと思います。

 

***

 

今日は日曜日、

子供と二人で祈りました。

 

ヨハネの福音書12章、13章、14章

イエス様が弟子の足を洗う場面があります。

 

どこにも矛盾がなく、隠されてもおらず、

あまりの迫力にボロボロと泣きながら読み上げていました。

 

女のすえが蛇の頭を砕く

そのことをする前のことです。

 

ナルドの香油

ユダの裏切り、悪魔が彼の中へ入る

スープに浸したパンをイエス様はユダへ食べさせる。

 

おまえが思っていることをすぐにしなさい、と語る。

 

七つの血潮の意味を書きだそうとしたら、今日はここでした。

 

全てに完璧な順序があり、誰にも隠されていないのに

わからない人もいる、ことも書かれている。

 

私など40代までまったく知りませんでした。

 

挫折の機会もあわやのこともことごとく波乱万丈のやり方で過ごし

子どもたちを巻き込み、貴重な時間をたくさん失わせ、

人生というものの恐ろしさを痛感している。

 

悔い

 

本当のどん底は、自力で得られるものではない、と今でもぞっとする。

 

だから今この時、必死に書こうとしているように思います。

 

正直、なにも晒してまで書く必要はないのかもしれない。

 

ただイエス様さえもあかしされ、

という箇所があり、

それならば、足を洗われた子だと自覚するならば

親の背中を追うというもの。

 

***

 

臨終の極みで生還した所は同じ場所だったかもしれない。

 

霊にあって生まれ変わったという不思議な経験が足された

足されたというが、半人前を補う一人前になるために

神の子の血潮が流された意味を同時に、瞬時に悟らされた。

 

歳月はあっという間に流れた。

 

***

 

半人前だと言い訳のできた

それまでの盲目的な生き方のツケをどう償えばいいのかも考える猶予もなく

次々と助けて下さる先生や友人に恵まれ出会った。

 

振り返ると、すべてが奇跡である。

 

神の山に備えあり、と書かれている。

 

出会いも神の備えであると書かれている。

 

***

 

家族は連なるように全員洗礼を受けた。

 

それぞれのビフォーアフターは

親の失態をことごとくカバーしてあまりある神の恩恵ばかりであった。

 

一人ひとりが今離れて前線で戦っている。

 

戦える人にまで成長させられた日々は、ただただ神のことばへ

生身の言葉が置換されていったプロセスと光景。

 

自分たちの力ではムリなことばかりの跡を見ている。

 

「足を洗わせてください」

 

祈りは公的なもの

 

八  イエス・キリスト

ム ,カンマ・神

そこへ足すことも引くこともない、祈りの戦いが始まりました。

 

登る山はひとつ。

 

方向は各々違うルートかもしれません。

 

祈りてを集めるのも神、成すのも神。

 

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