カテゴリー:子育て・教育
  • 愛という漢字

    2020/07/17

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愛という漢字

漢字は聖書を知ると、鳥肌ばかりが立ちます。

愛は返ってくると嬉しいですし、

やはり帰ってこない愛を注ぎ続けることができるのは

自分の場合ですと、子供たちでしょうか。

 

夫婦は一対とカウントされていますので、

子離れのできない母親ですが、

こういう時代の暗闇を目の当たりにすると

子どもたちのことをあれこれ心配ばかりしています。

 

親へ心配をかけずに自立していくことが親孝行だと

ずうと思っていましたが、

 

今日は

だいぶ昔に亡くなった父親のことを思い出して

違うかも知れない、とまさかの親側の本音に、ドキッとしました。

 

老人になる前に亡くなってしまった父親ですが、

亡くなる直前までの短い間、

上の子二人の子育てを手伝ってもらった。

 

若いころと違って体力の落ちた今ごろになって、

走り続ける日々が急に休みが多くなって、

当時の親の気持ちに最近ようやく追いついている。

 

孫を山へ海へと男の子だから、と連れて行き

エスカレートしていく鍛えっぷりに

母が、私の許可を取るよう

夜中、そっと話していたのを聞いてしまった。

 

「自分の子どもの時は、お父さん、若かったでしょう。

親子は体力が合うように、神様がそのようにしているのだから」

 

亭主関白の背中が、急にがくっと落ちたのを見てしまった。

 

ある時は、

孫娘のつくる初めてのお弁当作りに

親なら制限がかかるだろうから、

まずは自由にやってみよう、と

こそっと二人だけで買い物に行き

5千円分の食材を買ってあげるはめになり、

小さなお弁当箱に

一切れの卵焼き、一個だけの小さなハンバーグ

いっぱい残った野菜

サラダはほんのひとつまみ

 

今ならメールで写真を共有できるだろうが

当時はあとづけの会話力が

その溺愛ぶりを伝えてくれていた。

 

出来上がったお弁当を持って友達とお出かけした孫娘の

散らかった食材を愛しそうに全部集めて調理して

どれだけあの小さな作品が素晴らしい出来だったか、

お弁当自慢を亡くなる前まで自慢していた。

 

私たちが遠方へ越してしばらくして亡くなったが

寂しすぎたのかもしれない・・・

と、今日は遺影を見て、謝った。

 

完全に巣立つのが当たり前、

と思い始めたのはいつごろからだろう。

私は祖父母を覚えているし、

両親とは違った知恵をたくさんもらったと記憶している。

 

息子が20歳の記念に

バイクで旅をして寝袋だけで眠った武勇伝を写真と共に

見せてくれた時、

いつどこでそんな知恵身につけたの?

とあの時は不思議に思っていたが

 

自分で・・・

違うな

やはりたくさんの愛の添加物をいっぱい君たちは貰っていたんだね。

親は命を守るためにお金を得て来て

ご飯を食べさせて、寝かせる場所を確保して・・・

その日、その日を乗り越えるのに

けっこういっぱいいっぱい

 

友達やおじいちゃん、おばあちゃん、先生、知り合い・・・

いっぱい親の知らない所で恩恵を受けてきたんだと有難い。

 

どういう場所で寝ていいか知ってる?

得意げに聞いていた息子に

木の根元や燃えやすいものがないことや

少し土地がむき出しで緑の上に場所をとらないことなど

など話したら、

少しムッとされた。

じいちゃんとの聖域に踏み込むな、

と思っていたのかもしれない。

 

絵に書いてくれたのを見て

へえ~

と、改めてレクチャーを受けたが

やはり昔の人から受けた野人教育は理にかなっているから凄い。

 

厳しい毎日に自然回帰願望が続いていたが

今日は、何かが方向転換した気がしている。

 

今日も子どもたちが無邪気に傍を駆け回って帰っていく。

4秒見たら犯罪ね、と

言われているので、

頑張れ、と心の中で応援して見ないようにおばちゃんは頑張っている。

田舎暮らしに猛烈に気持ちが揺らぐ瞬間、

 

でもコロナ禍で、

何かが変わったのは確か

 

東京で暮らしていて

東京人が東京を愛さなくて誰が愛する、

と愛郷心のようなものが強くなった。

東京が愛おしい。

 

上京してここでなければ学べないものがある人も多い。

なにより日本の首都ではないか。

 

頑張れ、東京

頑張ろう、東京人

そういう気持ちが日に日に強くなっていく。

 

人々の愛は冷たくなり、と聖書にある。

本物の愛を実践できるのは神のみ。

 

「愛」

という漢字には、三位一体の神の意味がぎゅっと

収められていると思う。

ぶどうの木の枝は低く低く伸びていく。

高ぶるなかれ、

低くなれ、

と天からの声を聞いたような気がしている。

 

あなたの神を愛せよ

神の第一の戒めである。

 

東へ西へ南へ北へ

天から地へ

地の底まで総ざらいして

神の愛には地境がない。

 

どなたも神の被造物

とりなして祈ります。

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ぶどうの木

わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。

   (ヨハネ15章5節)

 

子供の頃、ぶどうの木の下で友達と鬼ごっこをした。

小学校へ入学してすぐの頃だったと思う。

友達の伯父さんの家に遊びに行った。

 

 

よその家で遊ぶことはほとんどなかったので、

その時の光景を今でもはっきり覚えている。

 

小さな子供たちが駆け回るのを

温厚なご夫婦は飲み物まで用意して

「おもてなし」してくださった、と覚えている。

汗をいっぱい掻いて、庭先でいただいた飲み物を覚えている。

 

今のように物がいっぱいある時代ではなく

ましてや田舎

遊びにくる子供の集団へ飲み物を用意する習慣はなかった。

 

長じて

仕事でご高齢の婦人を訪ねることになった。

弱っているところなどないように思える程

立ち居振る舞いは上品で穏やかな方だった。

そろそろ帰ろうとすると、

「あなたの本を買いました」

と、棚から出して見せて下さった。

後日、本屋から回収された私の処女作で、自分も数冊しか持っていない。

 

「私はあなたより先に召されると思います。

正直に聞きますね。あなたはクリスチャンですか」

「いえ、まだ」

違います、とではなく

私は、まだ・・・と答えたのだった。

 

ごめんなさい、忘れて下さい、と

お辞儀をされたので、

帰ろうと靴を履いた。

あれ?

「ぶどうの木」

子供の頃、遊んだ家のおばちゃん?

 

そのまま聞いてみた。

そう、そう、あなたは遠慮してひとりだけ

どれだけ声かけても飲み物に手を伸ばさなかったのよ、と。

それであなたのお母さんへ話して、

翌日、お母さんと一緒に来て、

ぶどうの木の下で思い切り一人で遊んでいたのよ。

お母さんと一緒に飲んだ飲み物、覚えている?

あなた、さっき飲んだわよ、と。

 

子どもがいなかったので、

飲み物を躊躇した子供に胸が痛んだという。

(なんて面倒くさい子供だったんだろう・・・)

と、申し訳ない表情をしていると、

本は何度も読ませてもらってますよ、と笑い

「わたしはぶどうの木であなたがたは枝です」

という聖書のことばを教えてくださった。

 

低くのびるぶどうの木の枝

低くしゃがんで苦しんでいる人へ、人へと伸びていく神様の御手

あなたもしゃがむ人なのよ

子どもの時と何も変わっていない。

今日がとても待ち遠しかった、と握手して下さった。

 

車まで見送りに来てくださった養子の方が

母は、コーラーの瓶がきちんと冷蔵庫に用意されているか

何度も確認していたんですよ。

本もちょうどあなたから見える場所に置いて

子供の頃の話をしていました、と

 

十数年後、教会で

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です」

というメッセージを聞いた時、

私は泣くだけ泣いた。

 

その方は、その後しばらくして亡くなられた。

もう一度訪ねようとした矢先、養子の方が伝えに来てくださった。

震える文字で書かれた

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です」

と、私の子供の頃のニックネーム、ちゃん付けで宛ててあった。

忙しい中、たくさんの方々と一期一会もあるなか、

どん底のしゃがんでしまった時があって、

確かに、

わたしも枝でした、と泣いた。

 

きれいで穏やかで

そんなふうに私も年を重ねられたらと思う。

ご主人と感染症に立ち向かって勝った歴史を持つその方の家は

当時、まだ感染症の記憶に怯える老人の間では

子どもが遊びに行ってはいけない家だったのだという。

出された飲み物のうしろに見えたたくさんの小瓶

 

母は翌日、すぐに謝りに行ったのだという。

この子は、よその家で遊んだことがない子で、

もう一度遊ばせていいですか、と頼んだという。

母親がいる強みからぶどうの木の下で思いきり遊んだから

葉の影やぶどうの実が顔に触れた重さや

木の根に転びそうになったこと、

匂いはコーラーの匂いのほうを覚えていて

コーラーの匂いを嗅ぐと、今でもぶどうの木を思い出す。

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大事な話がある

息子が小学校の頃、実家でしばらく暮らしていた

仕事は忙しく、送迎のサポートや育児のサポートの人を頼み

祖母である母も現役で仕事があるなか、

家は一日中大賑わいの人の出入りだった。

誰かが誰かを助け、

明るい生活がまわっているのだと思っていた。

  

「たいせつな話がある」

息子はまだ小学生。

石原裕次郎のポスターのように、

半ズボンからのぞく膝を少し立てて

にぎやかなおばちゃんたちの中にいた私に、

大切な話だから、と声をかけてきた。

 

「何?」

「おかあさんとふたりだけで大切な話がある」

おばちゃんたちやほかの兄弟が、

ほう、というなか

息子にはカルピスウオーターを、自分には珈琲を淹れ、

二人で車庫傍の木の下の椅子へ

 

両手でコップを握りしめて下を向いている息子。

「なあに」

「おかあさん、舟、買えるかな」

「ん?」

「舟買って、操縦できる資格も取ってほしいんだ」

「ふね?ふね~」

  

珈琲を吹き出しそうになったが、

真剣勝負のまなざしは冗談のようにも見えず、

 

「みんな舟持っているんだ。護岸で釣りしている人なんかいない。買える?」

「ちょっと待ってね。息させて」

そう言って立ち上がると、

「僕にはなんでお父さんがいないんだ。みんないるのに。みんなお父さんと舟に乗って海で魚取っているのに」

と大泣きをして、

走って庭から一階のトイレに駆け込むと中から鍵をかけてしまった。

一度も反抗されたことがなかったので、驚いて鍵を開けてくれるよう頼んだ。

中から、

「今の話は忘れて下さい。

ぼくが悪かったです。舟のことは別の方法を考えてみます」

と、堰切ったように泣いている。

  

どうしていいかわからず学校へ行った。

転校してきたばかり

担任の先生を職員室に訪ねた。

 

息子が言ったとおりを先生に話した。

若い先生は黙って聞いておられた。

勢いあまって相談に行ったのはよいが、

若い先生のクールな表情に

失礼しました、とすごすごと帰った。

  

夕飯の支度にとりかかっていると、

息子を訪ねて同級生の男の子が訪ねてきた。

イカ釣りに行くのだという。

息子のえぎも用意してきていたので、

急いで、二人分のおにぎりや卵焼きや唐揚げを詰めて

飲み物と一緒に持たせた。

 

下の子たちを寝かしつけて、

おばあちゃんが、

「はい」と渡してくれた珈琲を持って、

月明かりがきれいな庭で息子を待った。

 

自転車の音が聞こえて、

「またなあ」

と元気な声が聞こえた。

 

たくさん釣っていた。

おばあちゃんも降りてきて

「すごいね、いっぱい釣ったねえ」

「明日はウニも取りに行くんだよ」

「ウニ、凄いねえ」

おばあちゃんが持ってきたアイスクリームを食べながら

息子は、どういうふうに釣ったかを楽しそうに話してくれた。

  

二人でイカをさばいている時に、

友達Iくんが

「Aくん、Aくんにはおかあさんがおるだろう。

ぼくはお父さんもお母さんもおらんよ」

と釣りの終盤で話したらしい。

 

しばらく釣りなんかを教えてもらうことにした。

勉強は僕が教えることになった。

だからしばらくはいそがしいからね、と真剣に言う。

 

学校の父兄会の終わりに先生へお礼に行った。

 

おかげさまで、Iくんから男学を教えてもらっている毎日です

と報告し、

Iくんの話した言葉を伝えると、

先生は男泣きに泣いてしまった。

私もつられて泣いた。

緊張がとれたというか、あったかい時間にほっとしたのだと思う。

  

祭りでIくんの雄姿をみた。

息子を参加させるために、

これまで祭りに参加しなかったIくんは

自らが先頭を切り、皆を巻き込んでいった。

運動神経抜群のIくんの垂直に飛び上がる舞いは感動、鳥肌もの。

息子もDNAが蘇ったのか、生き生きと舞い、祖母を感動させていた。

K先生も同僚の若手を巻き込んで参加。

カッコイイ大人の舞いに子どもたちも誇らしそうにみていた。

  

 

休みの日、息子の髪を刈る時、Iくんの分も刈った。

他の子らもおいで、とついでに刈ってやろうとしたら

みんな逃げだした。

「何故、逃げる。並びなさい。

終わった人からアイスクリーム食べていいから」

と言ったら、あんなんは嫌だ、だからアイスはいらない、という。

アイスまで投げ出すくらいひどい出来なのに、

二人は何度か友情の証しのように

私の髪カットにその後も応じてくれていた。

  

 

  

舟は同級生の親が乗せてくれたようで、

興味は他へ移っていったが、

友情はずうと変わらず、

先生が転勤する時には

男の子の心の純粋さに、しばらくみんなで

K先生ロスを共有した。

  

 

お別れの日、

海の岩場にIくんが隠れてしまい、飛行機の時間ぎりぎりまで

K先生は岩場の外で彼が出てくるのを待った。

 

「男はどんなに辛くてもやるべきことから逃げてはいけない。

先生ときちんとお別れするんだ」

傍で聞いていて、こちらが切なくなるような先生の男学

Iくんは、最後は逃げずに握手をし、空港で先生にきちんと手をふって

お別れをした。

  

帰り、彼らを焼肉食べ放題のお店へ連れて行った。

「男だ、食え。出世払いだあ」

と声かける前にもう全員テーブル席から駆け出していた。

飲み放題のドリンクバーへ、

選び放題のスゥイーツへ

  

 

  

昨日のことのように思い出す。

 

烏賊が青く光り、飛び交う夜の海

大きな月、オレンジ色で海面の凪に乗り動いて揺れる。

時間が止まったような海風、波の音。

  

しばらく飛行機に乗れない。

  

 

あの時のあの生活音は二度と味わうことはできないが、

景色は今も変わらずにある。

月夜の夜に耳を澄ませば息吹くらいは蘇ってくるかもしれない。

郷愁は悪くない。

今、頑張る力は、その日々の積み重ねの延長にある。

どの時にも感謝。

 

 

 

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吾子よ

わたしには枕を高くして眠れない気の弱さがある。

 

救われた者なら

その罪も消えているだろうに

寝る前、

一人、ひとりの子どもの名前を呼んで、

神様、お守りください、と哀願している。

 

信仰を得ていなかった時と変わらないではないか、

と言われても仕方がない。

 

***

 

洗礼を受ける前、

がむしゃらに子供たちを守るため、働き

前に、前にと走って生きてきた。

 

どの子が転んだか、どの子がどの時泣いていたか

落とさないよう、全力で守り走ってきたように思っていた。

 

信仰後

第一子、二子・・・

そういう感覚は昔からないが

体内にいた時、母親は自分の体の一番いい所で命をかけて

胎児に無意識にいのちを送っている。

 

どの子が一番大切か

承認欲求など、神の摂理のなかでは無意味

 

***

 

現場で

母親のいのちを優先するか

母体を優先するか

赤ちゃんを優先するか

そういうトリアージに直面する時もある。

 

人間が誰を優先するか、

最もおこがましいことだと命を救う現場では誰でもわかっている。

 

***

 

聖書を読んだことのない人でも

今起きていることは、相当な危機なのだと誰もが思っていると思います。

 

TVや映画ではない。

 

私の人生の大半はほぼ医療現場で過ごしてきた。

 

リアルに人の体はいきものである。

 

手術で開腹すれば

筋肉弛緩剤が切れかかった時、

臓器は、皮膚や筋肉や脂肪のむこうで

他の生き物と大差ない無防備さでいる。

 

***

 

ことばという緩和剤、緩衝でどれだけ人は救われているか

神の子がことばとなって生きられた、という意味が沁みてくる。

 

洗礼後、

生きることの繊細さを思う時、

我が子、

一人、ひとりの命を自分を守るより繊細、かつ大胆に守り

生き抜き

ただ生きるのではない。

 

能力を存分に生かし切り

最高の幸せを満喫して

良い人生を、よい出会いを、

などと親なら誰でも思うことを考える時、

膝を折って、

神に祈る方法が一番だと何度も思い知る。

 

***

 

私の手法など

通用しない時のほうが多かった。

 

どの子も痛い目に何度も遭わせた。

 

悔いばかりがある。

 

助けて下さい

吾子を助けて下さい。

 

どの子も

わたしにとってはひとり子のようにかけがいのない吾子

霊は平安で洗礼後ブレたことは一度もない。

 

助けた方の与えて下さった平安は当時も今も同じである。

 

体が子を思って苦しむ時、

刹那、

神が与えた一人、ひとりへの洗礼を思い出す。

 

出来損ないの母親、上等だ、お前の子らは

それで洗礼をどの子も受けているじゃないか。

 

あとは

寝ている間に起きている間に

そうこうしている間に育つものだ。

 

***

 

どん底で

子を産み育てる義務のさなか自分の健康管理さえもできず

死ぬのか、と無力、絶望の淵で

「助けて下さい。子どもたちを置いてはいけない。誰か助けて下さい」

と呻いた言葉は、

その祈りは叶えられたではないか。

 

黄泉にまで下って、沼底から総ざらいをしてあるではないか。

 

天にまでつながっている道の中、

 

もうもがかなくてもいい、と抱えているではないか。

 

それでも今日も

ああ、あの子を、この子をお守りください、と祈る罰当たり

 

ひとり、一人を並べているのに

同時にひとり子として祈れる摩訶不思議が起きる。

 

胎内でひとりひとりに胎盤という続き一体があるように

その続きは変わらない。

 

***

 

赤ん坊は手を握り締めて生まれ、

亡くなる時はましてや、

人はなかなか指を広げようとしない。

 

両手を広げ十字架で死に渡された方以外

自ら指を広げて命への執着を断ち切った潔さを

残念だが人が成し遂げたのを見たことがない。

 

命のセンサーはそのように造られているのだから

神の子の死の形に意味がある、というのは

体を知れば知るほど、恐ろしく身に迫ってくる。

 

***

 

山の登り方はたくさんのルートがあるのだと思う。

 

私は医療という現場から

神の山登りを何度も思い知らされた。

 

自分の命以外を守る職能の重さや子育てから

思い知らされた。

 

偉そうなことは人には言えない。

 

ただ祈るばかりである。

 

***

 

 

神の子は30代という最も美しい年齢で最上の仕事を果たされた。

 

若さは神の体現、

吾子よ、

神がそう呼びかける。

 

神は同時に人を、吾子を一人きりとして扱える

とりなして祈ります。

 

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