カテゴリー:子育て・教育
吾子よ

わたしには枕を高くして眠れない気の弱さがある。

 

救われた者なら

その罪も消えているだろうに

寝る前、

一人、ひとりの子どもの名前を呼んで、

神様、お守りください、と哀願している。

 

信仰を得ていなかった時と変わらないではないか、

と言われても仕方がない。

 

***

 

洗礼を受ける前、

がむしゃらに子供たちを守るため、働き

前に、前にと走って生きてきた。

 

どの子が転んだか、どの子がどの時泣いていたか

落とさないよう、全力で守り走ってきたように思っていた。

 

信仰後

第一子、二子・・・

そういう感覚は昔からないが

体内にいた時、母親は自分の体の一番いい所で命をかけて

胎児に無意識にいのちを送っている。

 

どの子が一番大切か

承認欲求など、神の摂理のなかでは無意味

 

***

 

現場で

母親のいのちを優先するか

母体を優先するか

赤ちゃんを優先するか

そういうトリアージに直面する時もある。

 

人間が誰を優先するか、

最もおこがましいことだと命を救う現場では誰でもわかっている。

 

***

 

聖書を読んだことのない人でも

今起きていることは、相当な危機なのだと誰もが思っていると思います。

 

TVや映画ではない。

 

私の人生の大半はほぼ医療現場で過ごしてきた。

 

リアルに人の体はいきものである。

 

手術で開腹すれば

筋肉弛緩剤が切れかかった時、

臓器は、皮膚や筋肉や脂肪のむこうで

他の生き物と大差ない無防備さでいる。

 

***

 

ことばという緩和剤、緩衝でどれだけ人は救われているか

神の子がことばとなって生きられた、という意味が沁みてくる。

 

洗礼後、

生きることの繊細さを思う時、

我が子、

一人、ひとりの命を自分を守るより繊細、かつ大胆に守り

生き抜き

ただ生きるのではない。

 

能力を存分に生かし切り

最高の幸せを満喫して

良い人生を、よい出会いを、

などと親なら誰でも思うことを考える時、

膝を折って、

神に祈る方法が一番だと何度も思い知る。

 

***

 

私の手法など

通用しない時のほうが多かった。

 

どの子も痛い目に何度も遭わせた。

 

悔いばかりがある。

 

助けて下さい

吾子を助けて下さい。

 

どの子も

わたしにとってはひとり子のようにかけがいのない吾子

霊は平安で洗礼後ブレたことは一度もない。

 

助けた方の与えて下さった平安は当時も今も同じである。

 

体が子を思って苦しむ時、

刹那、

神が与えた一人、ひとりへの洗礼を思い出す。

 

出来損ないの母親、上等だ、お前の子らは

それで洗礼をどの子も受けているじゃないか。

 

あとは

寝ている間に起きている間に

そうこうしている間に育つものだ。

 

***

 

どん底で

子を産み育てる義務のさなか自分の健康管理さえもできず

死ぬのか、と無力、絶望の淵で

「助けて下さい。子どもたちを置いてはいけない。誰か助けて下さい」

と呻いた言葉は、

その祈りは叶えられたではないか。

 

黄泉にまで下って、沼底から総ざらいをしてあるではないか。

 

天にまでつながっている道の中、

 

もうもがかなくてもいい、と抱えているではないか。

 

それでも今日も

ああ、あの子を、この子をお守りください、と祈る罰当たり

 

ひとり、一人を並べているのに

同時にひとり子として祈れる摩訶不思議が起きる。

 

胎内でひとりひとりに胎盤という続き一体があるように

その続きは変わらない。

 

***

 

赤ん坊は手を握り締めて生まれ、

亡くなる時はましてや、

人はなかなか指を広げようとしない。

 

両手を広げ十字架で死に渡された方以外

自ら指を広げて命への執着を断ち切った潔さを

残念だが人が成し遂げたのを見たことがない。

 

命のセンサーはそのように造られているのだから

神の子の死の形に意味がある、というのは

体を知れば知るほど、恐ろしく身に迫ってくる。

 

***

 

山の登り方はたくさんのルートがあるのだと思う。

 

私は医療という現場から

神の山登りを何度も思い知らされた。

 

自分の命以外を守る職能の重さや子育てから

思い知らされた。

 

偉そうなことは人には言えない。

 

ただ祈るばかりである。

 

***

 

 

神の子は30代という最も美しい年齢で最上の仕事を果たされた。

 

若さは神の体現、

吾子よ、

神がそう呼びかける。

 

神は同時に人を、吾子を一人きりとして扱える

とりなして祈ります。

 

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りんごとオレンジのカット保存

りんごと柑橘類をカットしてタッパーに保存。

 

カットしたフルーツを夕食とセットで家族へ食べてもらっています。

 

長いこと続けていますが、

食べ続けてきたおかげか風邪をめったにひかなくなりました。

 

2、3日でなくなりますが、買い物もちょうどその頻度なので

どのメニューの時でもみかんとりんごは購入。

 

小さなお子さんや頑張ってもらいたいお父さんへの

感染予防対策の一つになれば、と

紹介してみました。

 

みかんもカットします。

 

剥くのが面倒で目の前のビタミンCを食べていない、ということがないよう

まるでお宿の食事のように必ず器に乗せて一人づつへ、

習慣づいてくると毎回用意するより楽な気がします。

 

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手洗い・うがいとシャワー

外出先から帰宅したら手洗い・うがい・顔洗いのあとでいいと思いますが

帰宅してリビングや自室やトイレへ向かう前にシャワーをお勧めします。

 

とても面倒な気もしますが、習慣づければ

子供や免疫力の低下した家族がいる場合、とてもメンタルが落ち着きます。

 

***

 

OPE室やICUや救急救命室など勤務の場合、

大抵のスタッフがシャワーを使い帰宅します。

 

私も子供の保育園へ直接お迎えに行くことがルーティンだった時はもちろん

夕食の食材を買うための寄り道など

職場でシャワーを使うを何十年も続けてきました。

 

現場から外れた時は直帰するとすぐシャワー。

 

着替えは前日に用意しておきます。

 

鞄も玄関から中へすぐ持っていくことはしません。

 

清潔・不潔の概念をそれぞれ自宅で大きな紙に書いて共有するのも

子育て期の親御さんには今は必要かもしれません。

 

清潔、不潔は病院でも用いている言葉ですが

手術で術野を広げて治療する場所は清潔でなければならず

そこに立つスタッフの背中は不潔ゾーン。

 

術野に触れる器械が広げられているところは清潔ゾーン。

 

簡単に分けるとこういう概念ですが、

信頼のもとで集中して加療するという目的に向かうための基本的な医療知識です。

 

ドラマなどで、

執刀医役の俳優さんの手の位置が口許に近いとドキッとしてしまいます。

 

肩より下だと演技上手い、とつい応援しています。

 

***

 

子供と少しおおげさなほど一緒に

室内の間取りを大きな紙に書き、

外から家の中、おもちゃ、お勉強道具、飲み物のある場所など

その家に合った清潔・不潔の概念をイメージしてみるのもいいかと思います。

 

みながリラックスして互いに一番時間を過ごすところが

一番清潔ゾーンであれば信頼してお昼寝もできます。

 

***

 

玄関は外と内との出入り口

玄関と洗面所、風呂場、水回りで処理するという発想をもって

家では現在感染対策をしています。

 

トイレ・リビング・寝室・個室

家族全員で使う場所を守るために入り口でウイルスを叩くイメージです。

 

***

 

玄関やスイッチやノブは除菌シートでこまめに拭いていますが

家族で落ち着いて栄養価の高い食事をとるためにも帰宅後シャワーは

安心感を与えてくれます。

 

車は走らせてしばらくは窓を開けたまま風を入れます。

 

こまめに水を少しだけ飲むのもそうですが

敵に着地をさせないイメージ、家族間はしかたない

ではなく、感染予防対策への努力はけっこう方法があります。

 

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時代のエポック、春、ストーブで野菜スープ

外出する日

掃除を頑張る日

料理に力を入れる日

どれも日常に欠かせないものですが

メリハリつけて

子供を飽きさせないために

暮らすことはこういうことなのだと、

おおげさに時には演出しながら、

できれば子供の達成感にもつながるように

キャパシティにも合わせて、なおかつ自分の体力も鑑みて

一か月のほぼ引きこもり生活が過ぎていこうとしています。

迷惑をかけないように・・・ひたすらこの一点に集中して

自分が倒れたら子供の一人留守番というのは無理、

これまでのありとあらゆる生活の経験を用いているような毎日、

どなた様も必死だとお察しいたします。

***

こういう日を経験するとは想像したことがありませんでした。

未開放区へ仕事で行った経験や

ピストルで撃たれた人や自分が車に跳ね飛ばされたこともあります。

よく生きてきたな

と驚くほどのことを経験してきたように思いますが、

今、直面していることは一度も想像したことのない日常です。

リアリティがあるのかないのか・・・

それでも油断大敵だと気を緩めずできることを頑張ろうと思います。

***

ストーブ?

ですが、汗をかくほうが冷えてしまうよりいいとは思います。

新陳代謝が活発な子供には暑すぎるのは酷なので、

窓を大きく開け風を入れて、掃除ディにしながら二人で料理

ゴミ箱をきれいに洗い

拭くことを手伝ってもらい

組み立てを一緒にしたり

普段、子供が目にすることのない生活の裏方を共にこなし、

思い切り汗をかいてシャワーを二度浴びしました。

学校給食で使わなくなった食材をできるだけ使おうと

野菜をこれでもかというほど切って、切って、また切って

その量に子供は驚いている。

花を買い物のたび少しでも買い玄関にかざり春の香りを楽しむようにする。

現場で頑張る方々の後方支援だとわりきれば腹もすわり

あれこれ工夫しながら日々を暮らすことに集中するようになりました。

***

世界中でみんな頑張っている。

そうだ・・・

どの人にとっても緊張な日々

そういうことを生まれて初めて目の当たりにしている。

映画でもない。

***

親が不思議なことを言っていた。

戦争のときね、笑ってもいたんだよ。

毎日、緊張していたわけじゃない。

憧れの人もできた。

優しい人にたくさん出会えた話を聞いた。

大変な話を聞く覚悟でメモを取っていた途中で

意外な少女時代の感性を聞いた。

その時のそのまんまの状況を全力で生きる。

子供は子供の力のままで

青年は青年の

老人は老人の

立場のある人はその要職の

それぞれが今のこの時を捉えて立っている。

時代と時代の間・・・エポック

正念場なのかもしれない。

役立てることを少しでも書きたいと今日も思っていましたが

どんどん脱線してしまいました。

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