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カテゴリー:日記・コラム・つぶやき

自分は悟れるだろうか。

 

日本語は、漢字は、本当に不思議です。

 

こういう時代がくることを正直、まったく想像していませんでした。

 

映画も好きでよく観ましたし、聖書も40代から知るようになりました。

 

***

 

生まれた時から家は神事をするのが主で、

生活はそれに付随して動いていたので、神様への畏怖心は強かったと思う。

 

ところが目の前の事に集中する性質で、バランスよく周囲をみない。

 

気が付けば、今、ようやく頭を上げて状況を見る、という

当たり前なことを、この数ヶ月で体感した。

 

***

 

昨年から不思議なことが起きた。

 

その前からきっと不思議だらけだったと思いますが、

なにしろ頭を上げずに駆け抜ける気質。

 

時間が与えられて、ようやく頭を上げた感じ。

 

そして、はっと涙がこぼれています。

 

神様って強制しないんだなあ・・・と。

 

***

 

終わりの時代、とりなしてがいない、と聖書にあります。

 

私は聖書をすべて学んだわけでもなく

まったく知らないというわけでもないので、

終わりの時代、ということばが、どういう時かを知れ、という

語りかけも心の中にすっと入ってきます。

 

***

 

宗教団体や政治団体や特定の組織に属していない個人、

特段、知識が豊富にあるわけではない。

 

作家だったり、医療従事者だったり、祭司だったりと

自分の職業が今の立ち位置を残してきたように感じている。

 

作家はまずは眼鏡をかけるな、と教えられた。

 

白衣は病者の誰の痛みにも染まれる白であれ、と教えられた。

 

祭司は、どこへも属するな、と教えられた。

 

***

 

けっこう孤独である。

 

どこまで悟り続けられるか、思うこともしなくなった。

 

準備期間はそうとう与えられてきた、甘えるな、とも思う。

 

国難であることはどこの国も同じだと思う。

 

自分の生活圏の足元が崩れ始めていると誰もが感じているかもしれない。

 

***

 

とりなしてはここにおります、主よ

 

***

 

書くだけで世界中とつながる不思議な時代。

 

自分が悟ったところだけでも書き残し、ここが祈りの場所にできたら幸い。

 

執着しない、差を取ることが完全にできた方は十字架上の神様だけ

死の際まで、普通の人の指は何かをつかもうとする。

 

何かに触れようとする。

 

***

 

「恐れなくてもよい」

と、人の弱さに添う神の愛。

 

そのスピリッツを真似て白衣はあり、

神の視点の至高を目指して、

眼鏡をはずして主人公が降りて来たままに書き残すのが作家であり、

ことばに降りてきた神の霊に伏して祈るのが祭司ならば、

総結集して、今、働かずして、いつ果たす、

頭を上げてしまったこの数ヶ月、

もう、ない、と思っていた集中力に最後の火が点いたのかもしれません。

 

***

 

頭がこれまで走ってきたような角度に下がらないので、

最後だねえ・・・となんとなく諦めています。

 

自分の分を懸命に努めるのみ、です。

 

人にはみな、神様から預かったタラントがあり、

倍に増やせ、という命令があります。

 

***

 

おのおのがた・・・あなたはあなたの務めを果たせ、とあります。

 

思い込むのもタラントだと思います。

 

みんな体はひとつ、人生は一度の条件は同じなのですから

自分を主人公に自分だけのタラントで人生を描き切る

悟れるか、自分。

 

昨夜は運よく夜空にロマンを見つけました。

 

梅雨に入る前の月夜、今夜もきれいな月ですが、

ニュースで報道していた時間に合わせてスタンバイ。

 

まるでUFOを見てしまったかのような高揚感に浸りました。

 

***

 

これまで当たり前だと思って享受してきた日常。

 

自分も社会に貢献していると思っていたことがほんの一部だということや

人が人生の全てをかけて跡をリレーしていくことの切なさや

短さを思ったり、

 

***

 

若い時は無我夢中で頑張ったほうがいい、と昔から言われてきた

ことですが、本当にそう思います。

 

年を重ねればできないことが増えます。

 

人様に迷惑になるようなことは控えようとするから

だんだん無我夢中でするようなこと、無謀なことは頭から消えていく。

 

人生は無我夢中な時がいちばん輝いている、そう思います。

 

勢いに他者もひきずられて夢を重ねてもいきますし、

失敗か成功か、それもわからないまま走って消えて・・・

 

ISS、ああ! という感動の声をあげた瞬間から

あああ・・・と見えなくなりました。

 

人があの中で働いているなんて、凄いなあ、と

今夜も昨夜の余韻で月夜を見上げていました。

 

***

 

自分の人生を誇れるか、と天を見ながら、ふと思い

整理はできないけれども、死ぬことは大抵、物事の途中だと

何度か聞いた気がします。

 

大げさかもしれませんが、

三ヶ月のステイホームで、個人的な願いと、信仰的な祈りを分けて、

過ごすようにしました。

 

ハンディのある子供のために、自分が先に倒れるわけにはいかないという

ナーバス過ぎる感染予防と健康管理、全力を尽くしてあとは天の成すとおりに。

 

それとは別に、

生まれた時から今日までのアイディンティティ、

なんのために生まれて何のために生きているのか。

 

「わたし、このわたしはこの時のために在る」

十字架上のイエス様の

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」

 

この奥義のゆえに、

祈れ、とりなせ、という感覚を全身全霊で覚え、

 

***

 

時空間を越えて、

痛みと切なさと甘さと確かな帰属感と

不思議な到達感で心が着地する、

呆然とするような祈りの日々が続きました。

 

***

 

若い頃の無我夢中はもう無理ですが、

手を指を広げて

何も掴まず、

わが身をゆだねます、という

 

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

「わが身を御手にゆだねます」

 

という神様の一回限りの壮大なプロジェクト

意味が染み入る時間がずいぶんある今、

年齢別の神様の恩寵がありがたい。

 

赤ちゃんには赤ちゃんに、働き盛りの無我夢中な苦しさにはその渇きに添い

身が不自由な孤独な時にはそこまで伸びてくる恩寵、

すべてがありがたい。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。

わたしがあなたがたを休ませてあげます。

   マタイ11-28

 

***

 

すっかり疲れてしまいましたので、

部屋で静かにひとりで聖書のマタイの福音書を読みました。

 

昨年の10月頃から庭が欲しくて、ガーデニングがしたくて、野菜を育てたくて

憑かれたように物件を探し、田舎へしばらく行こうかとも思い、

間に合わないなら、何故かTVを買わなければと思い、

 

TVを買い、ソファを買い、絨毯を買い・・・

 

質素だった生活空間は年明けて別物になり・・・

 

***

 

昨日から通常の生活に戻って

ようやく憑き物が落ちたようにポカンとしています。

 

どなたも同じように、今年の災禍を必死で戦っているのだと思います。

 

集中力を自分の判断で使う自由はほぼ削がれ

適応、さらに適応と、

災難以外のなにものでもない、苦痛の日々、まだまだ続いています。

 

***

 

少し休憩したら

七つの血潮の続きを書いていきたいと思います。

 

***

 

わたしがあなたがたを休ませてあげます。

 

という上の御ことばを、神様が語ったのだと思うと、はっとなります。

 

休ませるという概念。

 

愛がなければ休ませてあげる、という言葉は出てきません。

 

一方的に無条件で休ませて下さる。

 

親以外に無条件は経験したことがない、のが大半だと思います。

 

その親が休ませてあげるどころか、恐怖を与える虐待のような闇も

あるのですから、

無条件に、完全に休ませる、

というのは、人の間では及ばない

神様からの奥義だと思います。

 

神様と人の間にある自由意志尊重の掟

「わたしを信じるか」

信じるも自由、信じないも自由。

 

子どもたちへの保護や弱者への保護も語られたうえでの選択の自由。

 

***

 

親子でも及ばない領域の休息、

体はひとりに一体、

ひとつだけですから疲れる時もあるはずです。

 

それを休ませてあげる、と語っているのですから

ありがたいかぎりです。

 

通常の生活が戻ってきました。

 

2月26日から5月26日まで、ちょうど三ヶ月ステイホーム。

 

出勤前に体温測定とSPO2モニターで酸素飽和度を測定、

マスクに帰宅後シャワー、と手間がかかることが多くなり

暑さに脱水予防に

これからの梅雨、台風・・・

 

予防対策に追われて、生きることって大変な労力を使っていたんだな

と改めて、思います。

 

無我夢中で一度目を乗り切ったような少し疲れた心に

にわかベランダガーデンが癒しになりました。

 

***

 

ブログ使用の期限が切れても予防のためホテル生活の家人には頼れず

記事も写真も消えていた当ブログ、

訪問下さった方、誠にありがとうございました。

 

少しでもお役に立てる記事を書けるようまた頑張りたいと思います。

 

これからもどうぞよろしくお願いいたします。