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カテゴリー:日記・コラム・つぶやき

1 私は、見張り所にしっかり立ち、

  とりでにしかと立って見張り、

  主が私に何を語り、

  私の訴えに何と答えるかを見よう。

  

2 主は私に答えて言われた。

  幻を書きしるせ。

  これを読む者が急使として走るために、

  板の上にはっきりと書きしるせ。

  

      (ハバクク書2章)

 

四連休、遠出もできないので、人気のない山道を子供と歩いてきた。

アスファルトではない、土の上を歩ける幸いに感謝しながら歩いた。

彼岸花が人気のない山道で咲いている。

誰かが植えたのだろう。

上京し、季節ごとの祭りとも縁が無くなり、

今年の大きな足止めに、ポカンと時間が過ぎていく。

医療の仕事は時に専門バカと互いに呟くほど、社会を知る機会が遠い

人が寝ている時間に起き、起きている時間に寝ていることもある。

今年に入って、コロナ禍で世界中が大変な事態になることなど

想像していたわけでもないが、TVと大きなソファを買った。

半年以上、TVを観倒した感がある。

いつの間にか秋。

不器用なので、多くのことを同時にするのは難しい。

冬に備えて、

 

幻を書きしるせ、

そうしてシェアをしなければと

彼岸花を山道で見て改めて思いました。

 

一生は案外、束の間。

親もその親もその上の親も、思ったであろう。

だが、大抵は老いて気づいたのであろうと思う。

若いうちは自分の目の前のことでいっぱい、

 

多くを残したい、伝えたいと思うが若い次世代には

それを悠長に付き合う時間が作れない。

 

子どもたちの今は彼らの遥か先の今ではない。

遥か先の彼らが急いて残さなければと思うことを残そう。

そう思うと、肝が据わった。

不思議だ。

私は初めの文章が浮かぶと同時に完了までを

指で受けてめて書いてきた。

自分はただ指を動かしているだけだと

自分が一番よく知っている。

 

DNAの記憶というのだろうか。

阿吽で話の合う人がいる。

 

鳥肌が立つほど相手の話に合点がいくことがある。

私の歩いてきた履歴書は自分で書きだすことができる。

短い履歴書だと思う。

歴史を見たこともないのに何故見てきたように書いてきたのだろう。

神が答える、という場合、

微妙なズレはない。

完全である。

応じる、こたえとは違い、

完璧な答え、

漢字は凄いと改めて思います。

合う、契約の箱、の上に書きしるせという竹の漢字

神から受けたことだけを書く

 

まことの答え、

ぴったりと合う答えは神から出たことばだけだと改めて思いました。

 

止まった時間を少しづつ動かしながら、

自分のやるべきことをやる、

 

動かして下さるのも主

止め置いて下さったのも主

 

今日は子どもの薬をもらいに雨の中出かけた。

3・11以来、雨や雷に固まってしまうので、

雨の日の外出は本人もそうとう頑張っている。

 

1月末に

子どもと私を診ていてくださったS先生が退職された。

私の母を看取って下さった先生で、

私と子供も先生の所へ通うようになった。

 

コロナ禍で

私も家の人になった。

子どもが通う所で感染症が発生した場合、

一人で日常生活をおくれない子供たちの親御さんも高齢化がすすみ

正直、その先が予想できない。

 

自分にできる最大限のことを考えた時、

子どもを守り、子供の居場所で頑張って下さっているスタッフさんへ

健康をアドバイスする電話対応に努めること

いざという時、それこそ捨て身で子供たちを守るため

自身が健康を維持しておく、という方法を選んだ。

 

コロナ禍では、

同じ薬を、do、で処方して下さるとありがたい。

なにしろ、この子は受診だけでも慣れるまでに時間がかかる。

 

新しいドクターになってもう気づけば半年がたった。

母を看取って下さったS先生の優秀すぎたエピソードを

半年間、6回、味わっている。

 

00さん、00さん

フルネームで二人そろって呼んで下さっていたS先生。

まずは、00さんから診ましょうか。

 

子どもの名前をフルネームで呼んで下さり、

私の名前も次に同じように言ってくださる。

語り口は優しく短い時間であっという間に心の距離を埋めて下さる。

 

大きなトラブルの時には

大学病院へも行くし、そのことも報告し、

我が家のホームドクター

 

ただ誰もが先生のようにやれるわけではないな、と

この半年思い知っている次第。

底がどこまでも広く深く

どこからボールを飛ばしてもキャッチして下さるキャリアと優秀さ

 

そうそう出会えるものではないなあ・・・と

母の引き寄せた縁に今頃、当たり前が当たり前ではなかったと茫然

 

わずか半年前の日常が戻らない。

厳しい限りです。

 

子どもの名前は呼んでくれない。

はなから会話のできない障害のある子と声かけもしない。

総合病院で断られた経緯もあることを話すと、

「当然でしょ?」

と、何をいまさら、という。

 

薬は出したがらない。

それでいながら

生理痛にオペの適応症例があることを嬉々としてすすめてくる。

子どもの頭越しに

子どもはだんだん俯いていく。

雨の中、トボトボと二人帰ってきた。

 

S先生は?

会いたいなあ・・・

 

子どもは帰り道、何度もそう言った。

お母さんも会いたいよ、お礼がしたい。

 

神様、

私たちのお礼なんてたかが知れているから

神様がいっぱいS先生へ幸せを運んでくださいますか。

 

おばあちゃん、

お母さんは、恩を受けたままの人ではなかったものね。

 

最後のことばは子どもも一緒に祈ってくれた。

この子はことばをきちんと喋れるし、場の空気もよむ。

この子たちはそもそも天使と呼ばれているのだ。

 

人は神様のいれもの。

人によって、その場が天国のように温かくもなるし

氷つくような心冷える場所にもなってしまうのだと痛感。

 

S先生がいなくなったから

よそを探そうか・・・

 

少なくとも自分の持ち場を温かい場所へ・・・

人の愛が冷たい時代なのだ、そう思いました。

 

祭司を看取った先生

葬式の時、皆がわかるように

主治医の先生のお名前をきちんと書いておいた。

そのお名前に

ありがとうございました、と

一人、またひとりとお礼を言っていた。

 

痛みをできるだけ味わないよう・・・

その言葉どうりにS先生は母を見送って下さった。

最高の主治医に出会えたことを改めて感謝しています。

 

 

一、二週間前くらいからか、

カラスがつがいで飛んできて

家から見える広場でみみずを取って食べるようになった。

それが今は四羽になり、低空を飛び、上空も舞う。

毎日、来ているので棲家のようになったか、と気になっていた。

 

珈琲を飲む時、

空気を入れ変えるため窓を全開にするよう努めている。

窓越しではなく、

肉眼に芝生の緑や木々の新緑が心地よく迫ってきて

気分を変えてくれる。

私たちがこの家に越してくる前から

「キュシュウーヲシッテルカ、キュウシュウヲシッテルカ」

と鳴く鳩のつがいが、広場の木々の下を棲家としていたようで、

初めて聞いた時、

私には、

九州を知ってるか?

と鳴いているようにしか聞こえず、

 

先ほど

珈琲を持って椅子に座っていつものように鳴き声を聞こうかと思ったら

聞いたことのないドスのきいた鳴き声が・・・

 

「ギゥズーオゥーズッテルガー」

ギュースオヲ・・・

と鳴いている。

「知ってるよ、知ってる」

と驚いて珈琲を置いて芝生の広場を見た。

 

電線に鳩

向こう側の電線にカラス

雄同士の縄張り争いか、そもそも縄張り争いなどするものなのか

何の知識もないので

ただひたすら静かに見ていた。

 

しばらくじっと電線に止まったまま

どちらも動かない。

 

よく見れば

鳩は四方をカラスに囲まれているようにも見える。

 

瞬きしてしまい、慌てて目を凝らすと、

カラスは音もなく急に位置を変えていた。

鳩の背後に止まっていた。

 

鳩はバタバタとうちわをあおぐようなスピードで

私の頭の上を飛びながら遠くへ

 

逃げたほうが縄張りを失うのかな・・・

カラスが二羽から四羽へ増えていったのは確かで、

空を見ればあちらの屋根の上、こちらの屋根の上と

とまるところが日常化してきている。

 

鳩は戻ってくるのだろうか。

九州を知ってるか? ともう一度鳴き声を聞かせてくれるのだろうか。

 

コロナ禍で、

近くの公園を家族で買い物帰りに寄っただけで

犯罪? というような光景に会った。

 

家にいても、

ピンポ~ン

と鳴って、はい、とすぐ答えるのも怖くなることがあった。

 

比較的、安全な場所だと思っていた所に

ピリピリした空気を感じるようになった。

 

 

生きものは強いなあ・・・

 

命を張り合う生き物の緊張感

 

上京するまでは、ほぼ私は野人だった、という自負があるのなら

すぐにとはいかずとも

感覚や嗅覚が自分の家族の縄張りの安全性を

あれくらいの緊張感で守らないとなあ・・・

 

台風や大雨を昔の人は匂いでかぎ分けていた

 

来る、

 

といい、

その言葉が吐かれた後は、

父親や兄弟をしっかりと見上げて指示を聞いていたように思う。

 

カラスの四羽は上空からじわじわと鳩一羽を攻め込むように

円を描くように交差して飛んだりしていたが、

今日はそれに静かに立ち向かったような鳩の雄を見て

 

凄いなあ・・・

 

と生活圏を守る戦いに緊張した。

 

じわじわと日常の匂いが変わっている。

 

鳩は、初めてカラスがすぐ傍に降り立った日、

カラス一羽に警戒はしたものの

そのそばをいつものように地面をつついて自分が端のほうへと移動し

 

毎日飛んでくるようになると、

ある時は木の枝に隠れるようにやり過ごしていた

 

ただ、カラス四羽の動きを見ていると

カラスは頭がいいとは聞いていたけれど、

ワンチームで次々と形勢を変えて攻めてくる様は

ここ数日、とても凄かった。

 

一羽と一羽の静かな戦いから始まった縄張り争い

 

今日の対峙を目の当たりにして、

生きものの共存というのは難しいものだと思いました。

自分は悟れるだろうか。

 

日本語は、漢字は、本当に不思議です。

 

こういう時代がくることを正直、まったく想像していませんでした。

 

映画も好きでよく観ましたし、聖書も40代から知るようになりました。

 

***

 

生まれた時から家は神事をするのが主で、

生活はそれに付随して動いていたので、神様への畏怖心は強かったと思う。

 

ところが目の前の事に集中する性質で、バランスよく周囲をみない。

 

気が付けば、今、ようやく頭を上げて状況を見る、という

当たり前なことを、この数ヶ月で体感した。

 

***

 

昨年から不思議なことが起きた。

 

その前からきっと不思議だらけだったと思いますが、

なにしろ頭を上げずに駆け抜ける気質。

 

時間が与えられて、ようやく頭を上げた感じ。

 

そして、はっと涙がこぼれています。

 

神様って強制しないんだなあ・・・と。

 

***

 

終わりの時代、とりなしてがいない、と聖書にあります。

 

私は聖書をすべて学んだわけでもなく

まったく知らないというわけでもないので、

終わりの時代、ということばが、どういう時かを知れ、という

語りかけも心の中にすっと入ってきます。

 

***

 

宗教団体や政治団体や特定の組織に属していない個人、

特段、知識が豊富にあるわけではない。

 

作家だったり、医療従事者だったり、祭司だったりと

自分の職業が今の立ち位置を残してきたように感じている。

 

作家はまずは眼鏡をかけるな、と教えられた。

 

白衣は病者の誰の痛みにも染まれる白であれ、と教えられた。

 

祭司は、どこへも属するな、と教えられた。

 

***

 

けっこう孤独である。

 

どこまで悟り続けられるか、思うこともしなくなった。

 

準備期間はそうとう与えられてきた、甘えるな、とも思う。

 

国難であることはどこの国も同じだと思う。

 

自分の生活圏の足元が崩れ始めていると誰もが感じているかもしれない。

 

***

 

とりなしてはここにおります、主よ

 

***

 

書くだけで世界中とつながる不思議な時代。

 

自分が悟ったところだけでも書き残し、ここが祈りの場所にできたら幸い。

 

執着しない、差を取ることが完全にできた方は十字架上の神様だけ

死の際まで、普通の人の指は何かをつかもうとする。

 

何かに触れようとする。

 

***

 

「恐れなくてもよい」

と、人の弱さに添う神の愛。

 

そのスピリッツを真似て白衣はあり、

神の視点の至高を目指して、

眼鏡をはずして主人公が降りて来たままに書き残すのが作家であり、

ことばに降りてきた神の霊に伏して祈るのが祭司ならば、

総結集して、今、働かずして、いつ果たす、

頭を上げてしまったこの数ヶ月、

もう、ない、と思っていた集中力に最後の火が点いたのかもしれません。

 

***

 

頭がこれまで走ってきたような角度に下がらないので、

最後だねえ・・・となんとなく諦めています。

 

自分の分を懸命に努めるのみ、です。

 

人にはみな、神様から預かったタラントがあり、

倍に増やせ、という命令があります。

 

***

 

おのおのがた・・・あなたはあなたの務めを果たせ、とあります。

 

思い込むのもタラントだと思います。

 

みんな体はひとつ、人生は一度の条件は同じなのですから

自分を主人公に自分だけのタラントで人生を描き切る

悟れるか、自分。