カテゴリー:聖書
  • 申と竜の漢字

    2020/07/18

    祈り - 聖書

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  • あなたの若い日に

    2020/07/08

    聖書

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  • 柔和で、ろばに乗られる。

    2020/07/06

    聖書

    見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも雌ろばの子の子ろばに。(ゼカリヤ書9章9節)***7そ ...

1 私は、見張り所にしっかり立ち、

  とりでにしかと立って見張り、

  主が私に何を語り、

  私の訴えに何と答えるかを見よう。

  

2 主は私に答えて言われた。

  幻を書きしるせ。

  これを読む者が急使として走るために、

  板の上にはっきりと書きしるせ。

  

      (ハバクク書2章)

 

四連休、遠出もできないので、人気のない山道を子供と歩いてきた。

アスファルトではない、土の上を歩ける幸いに感謝しながら歩いた。

彼岸花が人気のない山道で咲いている。

誰かが植えたのだろう。

上京し、季節ごとの祭りとも縁が無くなり、

今年の大きな足止めに、ポカンと時間が過ぎていく。

医療の仕事は時に専門バカと互いに呟くほど、社会を知る機会が遠い

人が寝ている時間に起き、起きている時間に寝ていることもある。

今年に入って、コロナ禍で世界中が大変な事態になることなど

想像していたわけでもないが、TVと大きなソファを買った。

半年以上、TVを観倒した感がある。

いつの間にか秋。

不器用なので、多くのことを同時にするのは難しい。

冬に備えて、

 

幻を書きしるせ、

そうしてシェアをしなければと

彼岸花を山道で見て改めて思いました。

 

一生は案外、束の間。

親もその親もその上の親も、思ったであろう。

だが、大抵は老いて気づいたのであろうと思う。

若いうちは自分の目の前のことでいっぱい、

 

多くを残したい、伝えたいと思うが若い次世代には

それを悠長に付き合う時間が作れない。

 

子どもたちの今は彼らの遥か先の今ではない。

遥か先の彼らが急いて残さなければと思うことを残そう。

そう思うと、肝が据わった。

不思議だ。

私は初めの文章が浮かぶと同時に完了までを

指で受けてめて書いてきた。

自分はただ指を動かしているだけだと

自分が一番よく知っている。

 

DNAの記憶というのだろうか。

阿吽で話の合う人がいる。

 

鳥肌が立つほど相手の話に合点がいくことがある。

私の歩いてきた履歴書は自分で書きだすことができる。

短い履歴書だと思う。

歴史を見たこともないのに何故見てきたように書いてきたのだろう。

神が答える、という場合、

微妙なズレはない。

完全である。

応じる、こたえとは違い、

完璧な答え、

漢字は凄いと改めて思います。

合う、契約の箱、の上に書きしるせという竹の漢字

神から受けたことだけを書く

 

まことの答え、

ぴったりと合う答えは神から出たことばだけだと改めて思いました。

 

止まった時間を少しづつ動かしながら、

自分のやるべきことをやる、

 

動かして下さるのも主

止め置いて下さったのも主

 

申と竜の漢字

 

申命記の「申」

田という漢字は、十字架を四隅が担いでいるイメージがあります。

レビ族でなければ担げなかった神を運ぶこと

ダビデ王の時代、ウザという人が

契約の箱が転げそうになったのを手を伸ばして支えようとして

神に打たれて死んだ。

 

自分のやり方では、どんなに良いと思うことでもダメなんだ、

そもそもウザはレビではなかったから打たれたのだ、

と、

 

その田が天から地から

四隅を突き抜けて

神は当然それ以上であることを

畏怖をますます覚える「申」という文字

 

 

神へ、と天と地をまっすぐに登ることばの祈りの上に

「立つ」

立たれると、

申し上げる漢字は

下が這うようになり

「竜」 という漢字になります。

 

同じことを堂々巡りで悩んでいる時

まっすぐに天へ上るはずの申すごとに

立つものが立っている

立つものを置かない「悟りの」極みは、

「無」

よりも

最上の力が十字架の「死」の形

これが腑に落ちた瞬間

何も上へ立つことはできなくなる

 

神は「永遠のいのち」を下さるために

御子を十字架の死にまで至らせ

黄泉にまで下り

総ざらいをして、

大祭司として

贖いの傷のない子羊を御父の前で捧げ

「満足した」

「完了した」

と、そこを通るものは死なない、と語られたのです。

 

8はイエス・キリストを意味し

狭い道を通ってみれば

8は〇になって

初めであり終わりであり、

天へ上る祈りの上に何も立てないことがわかる。

 

とりなして祈ります。

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あなたの若い日に

創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」という年月が近づく前に。

  (伝道者の書12章1節)

 

7 ちりはもとあった地に帰り、霊はこれを下さった神に帰る。

 

8 空の空。伝道者は言う。すべては空。

 

12 わが子よ。これ以外のことにも注意せよ。多くの本を作ることには、限りがない。多くのものに熱中すると、からだが疲れる。

 

13 結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

  

14神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。

  

    (伝道者の書12章)

  

***

 

何の喜びもない、と呟く日は本当にある。

 

すぐにそんな自分に罪悪感がわき、

家を掃除し、アイロンをかけたり、原稿を読み直してみたりする。

 

だが、この伝道者の書は、

そんなつぎはぎでなんとか重苦しさを逃れようとする姑息さを

一気に吹き飛ばしてくれる爽快な章だと思う。

 

***

 

四方を囲まれたような閉塞感を覚えているのは私だけではないと思う。

 

天への視野を求めるかのように

神が環境を狭めてきているように感じてならない。

 

子どもたちに会いたい。

 

雲が薄黒くおおい、外へ出るな、出るな、と災害も疫病も

やっきになって、人の心を追い込んでいく。

  

***

  

多くのことを書いても疲れるだけ、とある。

 

自分の体験したことを書ききることも疲れてしまうのに、

知らないことがあまりにも多く、

知見者のことばに耳を傾け、目を凝らして読み、

神は繊細に、なんと多くの人を生み出されたことか、

と同じようなことがないことに、驚きます。

 

アメージンググレイスです。

 

自分以外のどなたかのシェアして下さる情報は、

神様からのギフト。

 

人の一生分は、どれもが神様の全力投球。

  

感染症予防対策の関係者を数名

国や都が一般公募すればいいな、

と年明けから思っていた。

 

優秀な人材はかぎりなく市井にもおり、

知恵の結集を呼び掛けても良いのではないか、と。

 

水の災害、そうこうしている間に台風も怖い。

 

各地で削がれていく力に

組織を超えて、一般のアイディアも頂きながら

各専門家が検討し、連携していく。

 

鶏口牛後

鳥のくちばしから見える視野もスピード感が必要な時は必須だと思う。

   

引き続きとりなして祈ります。

 

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柔和で、ろばに乗られる。

 

見よ。あなたの王があなたのところに来られる。

この方は正しい方で、救いを賜り、

柔和で、ろばに乗られる。

それも雌ろばの子の子ろばに。

   (ゼカリヤ書9章9節)

 

***

 

7 そして、ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着を

その上に掛けた。イエスはそれに乗られた。

 

***

 

9「ダビデの子にホサナ。

祝福あれ。主の御名によって来られる方に。

ホサナ。いと高き所に。」

   (マタイの福音書21章)

 

***

 

子ろばの背中の紋様、初めて見た時は

鳥肌が立ちました。

 

旧約聖書にある聖句

新約聖書で成就という長い年月を経て

背中の紋様は十字架

 

***

 

神を畏れ、祈ります。

 

 

 

 

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