命がけだが、会いたい

 

 

悩みに悩んで第6波で大変な南国へいよいよ週明け移動する。

 

幸い郷里は本島ほどではなく、本島への移動も考えていたが様子見

 

いざという時、子供は友人へ頼み、私は応援としていつでも現場へ

入れるよう、体を慣らしたり、シュミレーションしたりと、前回の帰省は

深刻な思いで挑んだが、

 

今回は、重症化の症例が少ないというので、

感染に巻き込まれないよう、ひたすら田舎生活で、土・動物・植物・海・山

と、人と会うのは想定していない。

隠居生活に近い移動先での生活をイメージしているので、ちょっと早すぎるよ、とバカにされている。

 

とにかく私は神経質

そして大げさ

過保護でもある。

 

よくからかわれるが、性分はたぶん死ぬまで治らない。

 

上の子たちは、過保護の行き過ぎ親から上手に逃げて(巣立って)いき、

今では既読なしのスルーがあたりまえ。

過保護親の情熱は、下の子たちへ全集中

 

もういいかげん自分の好きなことをやればいいよ

と、こちらも逃げられるかもしれないが、

死ぬまで子離れできない、しないと自覚しているし、子供たちも諦めてほしい。

 

私の母は、子どもが巣立った後、

寄ってくる若い人をどんどん家へあげて、

すっかり仲良くなり楽しく過ごしていた。

 

母の母・祖母は、死ぬまで、長男を思い

ああ、わたしはたくさん子供を産んだ気がするけど、あれは夢だったかなあ

と、認知症の症状の隙間に本音をぶつけていた。

 

わたしたちはあなたの娘ですが、

母と叔母が、毎日、顔見てるじゃない、と言っても、一人息子恋しさに、

老後を寂しい、寂しい、と亡くなるまで言っていた。

 

たぶん私は祖母のパターン

母を見習いたいけれど、

もうすでにばあちゃんと同じセリフを言うようになった。

 

どこかでスイッチを入れなおしたくて

今回も過保護に挑みに行くが

 

友人たちからいいアドバイスもあったので、なるほど、この手があったのか、と

そういう案にものってみることにした。

 

東京で走り続ける子供たちが電車に乗ってわざわざ親のもとへ行くと思うか?

休みが続いたら私だったらリゾート地に行きたい。

 

想像してごらん

 

友達がそっち行きたいっていうから、お母さん時間合わせられる?

案内できる?

で、ニーズが生まれ、だんだん近づいてくるんじゃない。

過保護もおもてなしへ転じると、いいかんじじゃない?

 

実際、私たちの年代って、おもてなしで、みんな忙しくしているよ。

 

うんともすんとも言わない子供たちが寄ってくる。

そうか・・・

そういうことか・・・

 

コロナ禍が邪魔をする、うーん、厳しいねえと言うと、

 

えっ?

だからいいんじゃない。一棟貸しだよ。

あんたんち、無駄に広いでしょう?

その時だけ隅っこに寄って暮らせばいいじゃん、一棟貸してごらん。

あっという間に子供たちからの株上がるから

 

そういう話に乗せられて本気で何の保証もないのに掃除する気満々で

命がけで移動を試みる覚悟でいる。

 

こっちではさ、

いつでも役立てるよう、念のため、仕事の免許証も持ってきた方がいいよ。

 

・・・

・・・

 

誰もが心の中でウイン・ウインで生きていきたいという思いがある。

子供たちだって、友人たちだって、私だって・・・

 

今日はお肉にした。

 

2019年にインフルAに罹って肉が食べれるようになった。

体力をつけて、さあて動き出すぞ、寅年だもの、と

 

雪景色に月夜が映える。

 

 

珈琲タイムしながらシュミレーションしている。

神経質で臆病なのだから予行演習はいつものこと、仕方ない。

私流、私流と自分を励ましてみる。

 

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