痛みは怒り?

 

 

ここ数日、片頭痛に悩まされ、ロキソニンを飲んでは胃が痛み、

カロナールでやり過ごそうと飲んでは、刃物で刺されたような激痛に

またロキソニンを飲み・・・と生きているのが嫌になるような痛みが続いた。

 

痛みに意気消沈し、両親の遺影の前で座り語りかけているうちに

気が付けば、

信じられないほどの愚痴・暴言の数々を吐き出していた。

痛みって恐ろしい。

別人誕生、という感じ。 

 

 

親に反抗したこともなく

自称ファザコンだし、

他称、甘えん坊の寂しがり屋の永遠親離れできない人

ひどい言われようですが

 

自分も天国を見据えて生きるような年齢になってくると

親の看取りが終わり、子育ても終わり、仕事は現役から下がって、

空き家に親が残したものを片づけに郷里へ通うライフスタイルに至り、

それがコロナ禍という時代とかぶり、

 

ストレスが気づかないままたまっていたんでしょう。

 

いいですか、あなたがた

 

 

親に向かってなんということでしょう。

 

気が付けば、ああだ、こうだ、と腹の底を洗いざらいさらってまで

ぶちまけていた。

 

あー、怖っ!

 

子供と言い争いもなく

夫婦げんかもほとんどない。

友人との諍いもなく、喧嘩がある所からは逃げていく平安なところが好き

 

そんな穏やかなはずの自分の腹の底の言い分を吐き出したあと、

客観的にその内容に大笑いしてしまった。

 

小さなことから大きなことまで、ようまあ・・・

子供の頃の小さなできごと、進路を押し付けられたこと、などなど

 

口をとんがらせてわめく君は思春期か? と突っ込みたくなるような一人芝居

パフォーマンスを終えたら

 

今朝、痛み、ほぼほぼ消えていました。

 

 

痛みは、怒りなり。

 

ストレスは恐ろしい。

 

 

お金がだらだらと理不尽に出ていくストレスはよくないらしい。

 

 

お金は報酬である。その人の時間・労働の対価

その骨身を削った対価を愛する人や子供に、どうぞ、どうぞ、と

使っているうちは、生きている金。

使うほどに新陳代謝のごとくまた新しい対価が生まれてくる。

 

だが空き家はモノ、愛する対象である人がいない

晩年に贅を尽くしてくれるな、とは言いたくはないが高いものほど片づける時

主がいないのにお前どうする? と愚痴が出る。

 

 

 

美田を残さず、学問を残す、というのが口癖だった父親に向かっては

美田を残せば良かったのに、学に投資し続けるのが長い時代になったんだよ、

お父さん・・・あればあるほどいいの・・・

お金は放蕩に流れるだけではないのにね。

遊ぶお金は、それは多いだけ人をダメにしていくかもしれないけれど、

研究費を得るために若い人がどれだけ苦労しているか知ってる?

研究費なんて、あればあるほど人が助かっていく仕組みなんだよ、

美田は使いようなの

 

と・・・

 

実家片付け、

胃にも心臓にも悪い。やりたくない。

 

自分の時には、遺言は詳細に書き残し

物も使うものだけにしておくと決めている。

いつ死ぬかわからないし、必ず誰かの手は煩わせる。

そのことを想定しながら、終活をしようと思う。

 

尊敬する両親だったが

それでもあれだけ言いたいことが出てきた。

 

私の遺影の前ではもっと怒りが怒涛のようにぶちまけられるのだろうか。

恐ろしい。

人は自分のことはよくやっているほうだと思う、と分析するらしいから。

 

さて、今日もきれいにできるだけ生きよう。

楽しく過ごそう。

痛みがこなくてもストレス貯めないよう頑張ろう。

 

一人っ子がよかったな。

 

この前から、そういう口調が珍しく増えてきた。

よくない傾向。

さて、自分にできることを誠実にこなしていこうか、

自分で自分を励まし労り続ければ、余力が生まれる日もこよう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • feedly
  • LINEで送る
カテゴリー
タグ