男性看護師誕生の一助になれば  2

本多劇場でありがたいことに一流のお芝居を観て、それから南国の果ての島へと移り住みました。

 

すぐにICUができたばかりの病棟で勤務。

 

オペ室以外の勤務は初めてなので、緊張の連続。

 

一般病棟の夜勤の巡視があり、詰所から一番離れた病室、比較的症状の軽い患者様男性四人部屋に入りました。

 

点滴をしている方は詰所寄りなので、点滴などの加療も済んだお一人の患者様だけがおられました。

 

トイレや窓の鍵などを確認し、患者様の入眠状態を、とライトを足元に落としてそっと近づくと、

 

「すみません、すぐに消します」 と

 

イヤホンからJAZZがかすかに聴こえていました。

 

「大丈夫ですよ。お一人部屋のようなものですから。JAZZ、お好きなんですか?」

 

「ええ、ナースさん、JAZZってすぐ聴きとれたの?」

 

「私もJAZZ、好きなんです」

 

そういうと、患者様は、起きて座り、あさって退院して東京へ戻るのだと話し始めた。

 

ICU担当で、巡視だけのサポートだけだったので、患者様の情報を深くカルテから収集していなかった。

 

そうですか。東京からいらしたんですか。

私はひと月前にUターンしたばかりなんですよ、星空、楽しむ機会はありましたか。

 

実は、夜の星空を一度見たいのだと、入院で見れずに帰るのが残念で仕方ない、と

 

それで私は、名前を名乗り、明日、外出許可が下りたら主治医に相談をして少し案内させて下さい、と申し出ると、とても喜んで患者様も自己紹介をしてお願いします、と頭を下げて来た。

 

ちょうど主治医が当直なので、伝えると、

 

「ありがとう、ボランティアしてくれるの。4時間くらい書いておくね」 と快諾

 

翌日、島のJAZZ喫茶も紹介していたので、そちらでリラックスして待ってもらったあと、近場の星空がきれいに見える海辺へご案内した。

 

マスターが持たせてくれた美味しい珈琲を片手に砂浜の流木に腰かけた患者様・Tさんは静かにため息をついた。

 

「最高です」

 

「もっと市街地から離れた所の星空を見せてあげたいのですが、時間やTさん、明日、飛行機や移動で体力使うと思いますので、すみません、近場で」

 

「これ以上があるんですか?」

 

「もちろんです」

 

「いやあ、最高ですね。ありがとうございます」

と、Tさんは、ご自身の今回の入院から島へ来たことなどを話し始めた。

 

夜勤明けで、カルテを見ていない私は、名前と年齢と入院加療の経過だけを知っている状態。

 

「映画を撮りに来ていてね、星空を撮る予定だったんだ。撮影隊はもう東京へ移動しているから僕も合流を急いでいてね」

 

「映画?」

 

「映画、好きですか?」

 

「好きなんてものじゃなく、私、作家になりたくて」

 

「えっ? そうなの?」

 

帰りの車の中で住所を書いた紙を渡して下さり、まずは、脚本を書いて見なさい。

学ぶ方法はこれ、とそれも教えて下さった。

 

有名な照明監督さんだと知ったのは後日

 

忙しい合間に電話を何度か下さり、脚本家をまずは目指して、と何度も励まして下さった。

 

あの星空、あのJAZZ喫茶の雰囲気、一流だよ。頑張れ! と

 

私の処女作は、脚本風? 巻物にして絵入りの、ト書きなど、かっこつけて書いたもの。

 

それができたのは第2子誕生の休暇中、書いたものをある知人へ送った。

 

そしてそのまま海外へ研修へ行ったり、プライベートで引っ越ししたり、原稿を送ったことさえ忘れてバタバタと医療現場で働いていたある日、

 

海外在住の姉から、「おめでとう! あなたの物語、観たわよ」 と電話があった。

 

コピーを姉にも送っていた。

 

我が家にはTVがない。

 

そして職場で観る機会を得て、あのあら原稿がプロの方たちの手を通して生き生きと動き出していたのでした。

 

大ヒット、経済効果も最高です、

 

ところが当時は現役のナース、原作者なしでいいです、と応じてしまったナースと子育てで忙しすぎた田舎の小娘

 

そのあと、小説で賞を頂き、本格的に二刀流をやり始めて、数年

 

ハンディキャップのある子を出産。

 

医療従事者であり、高齢出産のハンディも知識として持っていただろうに、なにより自分は両親に愛され、努力しないでも物語が頭に降りてくるという不思議な子供として楽しんで自由に海外へも行って、自分のお金で好きに生きて・・・それなのに、自分の愛する命に、制限をかけて産んでしまった・・・

 

折れてしまいました。

 

ペンも折りました。

 

仕事や子育ての合間に書いた小説35本、半分は焼いて捨てました。

 

 

***

 

 

今回、「僕は看護師です」 を世に出す、

 

折ったペンをつないでヨロヨロ立ち上がったのは、ほかでもないこの子の存在です。

 

一人で生きることができないのは皆同じです。

 

誰かの手が誰かを支え、一人で生き抜いている人は誰もいません。

 

うちの子は一人で目的地まで行けません。

 

服を買う時、レジ打ちをしているお姉さんにあこがれて、家に戻るとすぐに電卓を打って、ノートになにやら書き込みます。

 

やってみたい職業も多々あっただろうに、可能性を制限された人生、そう思うと、今、この瞬間もPCを打つ手は止まります。

 

弱者となった人を守る、それを職業として生きていく。

 

ドクター・ナース・消防士・自衛官・保育士・教員・介護士・・・

農業・漁業・・・どの職業も私たちの命を支えて下さっています。

 

少子化の時代を迎えて、

 

女性ナースがママになる。現場に男性ナースがいてくれる

 

パパがナース、子供の発熱、任せて!

 

親が認知症の兆候がある? 待って、すぐ行く!

 

その存在はありがたいかぎりです。

 

長くなりました。

 

まだまだ続きはあります。お付き合いください。