パンくずリスト
  • ホーム
  • 投稿者 : 拝原 しげる
投稿者:拝原 しげる
「医者ジム」 内田晃司 先生 (運動生理学・健康スポーツの専門医) 

 

『長野県のニュース NBS長野放送』より

 

 

動画で紹介されていた女性が若々しいので、引き込まれて観ました。

 

ドクターの 内田晃司 先生は運動生理学・健康スポーツの専門医。

 

ドクターになる前の前職も紹介されていましたが、凄い方です。

 

 

意識高い系を目指して、一応、私も一か月あまりが経ちました。

 

ダイエット・・・続かない人・・・です。

 

そんな中、出会えた最高の動画です。

 

なんでも知ると知らないでは、本当に損をしている、と思いませんか。

 

私は最近とくに思うことが多いです。

 

 

 

私たちの体は一人にひとつ、

 

加齢と共に衰えていくのも摂理

 

ところが人生100年時代と言われている私たち

 

織田信長のいた時代より寿命は延び、身長も伸び、身の回りには信じられないほどのものが身分の差などなく差し出されている。

 

 

「不具合と共に生きる」

このスローガン、知ってますか。

 

めいめいが自分の不具合を自分で管理してくださいよ、と世界の医療業界、もちろん日本もそう呼びかけている・・・この流れ、けっこう厳しい言葉です。

 

そういう時代の流れの中で、ドクターが添うてくださる不具合をつくらないよう頑張りましょう、という予防医学にこうして立ち上がって下さる先生、心からリスペクトです。

 

「若い人よりタンパク質、とるぞ」 と意識してください。

 

そういうことは昔の人は言いませんでした。時代が長寿を生み出したのなら、できるだけ加齢による痛み・苦しみから逃れる日々を送りたいじゃないですか。

 

筋肉が落ちていく。製造元が年取ってくれば当たり前のこと、それではどうすればいい?

 

そういうことを医療知識に基づいたアドバイスを頂きながら、自分のデーターと合わせ、ムリなく自分の体を管理していく。

 

そういう時代のニーズにピタリと合った動画です。

 

キャメラルマキアートが大好きな私、大きく葛藤中ですが、それ以外の毎日の食生活はこのひと月で大きく変わりました。

 

ムネ肉、豆腐、ヨーグルトも品替え、サラダにお豆、子供の送迎を待つ間は、かかと落とし、などなど

 

効果を一番最初に感じたのは、そういえば便秘がない!

 

けっこう自分時間がないので、これまでは便秘に悩まされていたのですが、今では家族に、「トイレタイムよろしいか?」 と声をかけて、隙間時間、いつでもスムーズに解決してしまうという、素晴らしい!

 

体は変わる。本当に変わります。

 

まずは動画をご紹介いたします。

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • feedly
  • LINEで送る
カテゴリー
タグ

 

お家カフェでのひとりごと

 

若い頃、医療現場と子育ての慌ただしい日常の隙間、隙間に降りて来た物語をただただ打って、打って・・・

あることがあって作家を辞めた。

 

必要が出てきて、またやるか、と挑み始めたのがここ数年。

しまい込んだままだった原稿用紙を見直そうと出してきて読んで、今日、とうとう投げだしてしまった。

こっぱずかし過ぎて、読めない。ムリ。

 

 

書いたのが自分という同じ人間だと思うと、触るのもムリ

恥ずかしい。

 

30代の自分にも40代の自分にも戻れない。

 

触らないことにした。

 

極めつけが恋愛小説だ。勢いが強くて嫌。

 

本気でムリ。

 

若い時って、どうしてあんなふうに自分以外の他者に夢中になってしまうんだろうか。

 

「恋」  って漢字、心を取ると、「変」  っていう漢字になるんですね。

 

当の本人の心がないと変でしかない。

 

なんでこんなん書いた?

 

あんた変な人

 

今の私が、若い頃の私にゆうてます。

 

「変やわ、あんた」

 

そんな激変したおばちゃんが、若い頃の小説に手出したらアカン、ね。

 

まったく共感できない、だけじゃなく説教しながら読んでいるから物書きとしてはおしまい・・・の情緒なしや!

 

 

とおばあの自分を叱る、少し俯瞰した作家目線の自分が原稿をぽいっと放り投げるおばあを叱る。

 

どうする。恋愛もの。どうする

 

おばあになっても自分のロマンチストは変わらない、と思っていたけれど、とんでもない。

一生、人に配分されるモノの分量はもしかしたら同じかもしれない。

 

ロマンチック・食欲・やさしさ・ストイック・・・

 

若い頃、お願いだから食べて、と言われて嫁になって・・・今、お願いだからもう少し分量見直して、と言われている。

 

何を若い頃、使いすぎたか・・・見直さないと、ちょっと怖いかもしれません。

 

使いすぎたものはもう残りがないかもしれないからね。

 

 

 

 

自宅から車で挑みクタクタで宿にたどり着き、それから熱海駅周辺で夕食をと出かけた。

初めて来たところなのでキョロキョロ

 

駅前で托鉢をするお坊さんがおられた。

 

生まれて初めて。

 

山頭火のファンなので、ドキドキ

 

あまり見ているのも失礼なのかと思い、少し離れた所で立ち止まった。

 

マナーも何も予備知識がまったくないので、子供と二人、恐る恐る近づいてお布施を入れさせていただくと、お経を唱えて下さった。

 

手を合わせてお辞儀をした時、草鞋から見える素足に何故か胸を打たれた。

所用のために来ていたので、せかせかしていた気分がふっと心静かになり、頭の髪の毛や全身に鳥肌が立った。

 

子供の素直なお辞儀がかわいかったので、おりこうさんね、と言ったら、「母ちゃん、良かったね」と

 

あとで托鉢の意味を調べたら、子供のいうように、お布施の機会をいただけて感謝なことだと知ることができた。

 

温泉に浸かる文化で育っていないので、せっかく初の熱海一泊の遠出でしたが、托鉢のお坊さんの立ち姿が脳裏に焼き付いています。お若い方でした。

 

 

とても寂しくなる瞬間がある。そういう時こそ一人珈琲タイム

 

どうしようもなく寂しい時

近しい人の声も、日常のルーティンもノルマも自分を解放してくれない時、

普段着に少し羽織るものを持って近場で珈琲タイムをする。

 

単行本を開いて、窓際の隅っこの席で、窓の外をぼーと眺めながら珈琲タイムを過ごす。

 

年を重ねてくると、どうしようもないことはどうにもできないことなのだと、すぐに諦めと悟りの境地がやってくるので、「お疲れさまでした、自分」 という珈琲タイムが多い。事後処理の整え、の時間

 

若い時は違う。

 

何故?

 

どうして?

 

どうすればいい、私、どう動けばいい?

 

午後9時に電話が鳴った。

 

「あした、アメリカへ行くから、今までありがとう。元気で頑張って下さい」

 

気づけば車を走らせ電話の主のもとへ駆けつけていた。

 

カーテンなしの大きな窓からはっきりと段ボールやスーツケースと格闘している主の姿が見えた。

 

「下に来ている」

 

「さようなら。元気で。お互い夢叶えよう。気を付けて帰って下さい」

 

 

しばらく放心した後、いつも行く喫茶店に行った。

 

 

もう一度、いつものカフェにいるからと電話しようと手が動きかけたが、珈琲の香りがふわりと衝動を止めてきた。

 

 

ひとくち珈琲をのんだ。

 

 

温かい。

 

 

電話の主とは人生が二度と交差することもなく、思い出すこともほとんどない。

 

 

あの時の応急処置が良かったのだと、今ならわかる。

 

 

私の人生の主人公は彼ではない。

 

 

私の人生を最後まで伴走してくれるのは私

 

珈琲タイムはたとえ突然の失恋でさえ、整えてくれた。

 

 

珈琲タイムに裏切られたことがない。

 

心を許し合った友ともだんだん疎遠になってくる年齢になったら、一人、珈琲タイムを過ごすカフェを見つけておいたらいいと思います。

昨日、寂しさのあまり珈琲タイム

 

相席になった方と、気づけば、一時間あまり、武道について熱く語り合っていた。

 

それもありかな、と

とりとめもなく、昨日、襲われた突然のどうしようもない孤独感を処した方法を、つらつらと書いてみました。

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • feedly
  • LINEで送る
カテゴリー
タグ