今年もご訪問ありがとうございました

今年もご訪問ありがとうございました

 

 

半年、記事をあげることができませんでしたが、ご訪問くださいました皆様、

本年もありがとうございました。

 

ほぼほぼ周辺真っ暗な田舎の年越し、

子供と二人、これから年越しそばを食べ静かに2023年を迎えたいと思います。

 

年明けでひとまずこちらを離れる予定で、今度は本島での生活を予定しています。

末息子の傍で、いつでも会える距離で、体力のある間に、力になれるうちに、そう思っています。

 

PCの環境が落ち着けば、少しは珈琲タイムの場所が違えばの雰囲気も書けると思います。

 

2023年が皆様にとりまして、幸多き年となりますようお祈り申し上げます。

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明日は父の日

明日は父の日

 

明日は父の日なので、ケーキを買ってきた。

 

母の日以来、心はブルーになり、片頭痛も続き、すっかり記事を書く力も

失せていたが、今日は、えいっや! と気合を入れて子供と出かけた。

 

遺影の父親を見て

自分が30代の時に天国へ逝ったのか、と今ごろ気づいて驚いた。

ファザコンなので、記憶の父親像は鮮明でなおかつ濃厚

 

男性は生涯二人の女性に育てられ

女性は生涯二人の男性に守られるのだという。

 

脳のA10細胞が最初に記憶した教える人、守る人

 

夫は私の兄弟よりも父に似ている。

彼らはどちらかというと母に似ていると思っている。

 

主人といると脳のA10細胞に最初に記憶されただろう心地いい安心感が

努力でもない、気遣いでもない、普通にもたらされる。

 

女子二人の買い物は二拠点生活に備えて

自分たちのモノを揃えに向かったはずだが

二人ともあまり気も乗らず

お父さんとまた離れ離れだね・・・

 

と寂しさが募り、心細さも募り

夕食の食材と明日のケーキを買ってさっさと終わらせた。

 

父が亡くなったあと、まるで入れ替わるように現れて守ってくれている

今の私のお父さんは、主人。

 

もし出会っていなければ私はこの世にたぶんいない。

 

神様が生きよ、と救ってくれたあと、

私への最初のギフトが主人だった。

 

命の恩人

 

私はクリスチャンだが、

信仰する神様は天に帰られたが、

「救い」という最高のギフトを置いて帰っていかれた。

 

私の二拠点生活は

コロナ禍で寿命や命やお金や体力や距離や能力や・・・

いろいろなことを立ち止まって考える時間となり、気づかされたことばかり

 

いつか私も天に帰る

まだまだ体力も気力も時間もあると思うな

 

良いものを残して去る

 

これが行きついた答えのようになった。

 

主人に何の恩返しもしていない。

あの人にもこの人にも

莫大な資産もないじゃないか、美田も残してないじゃないか

 

子供たちにもいらないよ、体を大事にしてよ、好きなことをもうやって

と言われても、うのみにしちゃいかん。

 

 

もう一回気合をいれてみるかな

救われたと思うなら救った方を見習うのが道

 

 

良いものだけを残していく

 

コロナ禍で立ち止まらなければ

私も物事の途中で後始末に子供たちに難儀を残していたと思う。

 

モノを買う気が起きず

心の中にあったかい感謝が子供と二人同時にわいたので

「父の日、おめでとう。いつもありがとう、お父さん」 

 

そう思いながら岐路に着いた。

健康がありがたい。

 

あの時、死なずに、

子供たちがそれぞれの道に巣立つまで頑張れて

ハンディのある子をこの危うい時代に守る力がついていて、すべてがありがたい。

 

ありがとう、お父さん。

 

 

 

 

 

 

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キーボードが来た!

キーボードが来た!

 

 

閉塞感で、片頭痛も8日も続き、辛い、辛いなか

子供が作業所ではまってしまったキーボード

欲しい、欲しいとせがまれていたが、ようやく品が届いた。

 

リズム感がいいので、なんとなく気に入ってしまった理由がわかった。

これも二拠点生活へのいい支えの一品になると気分は少し良くなった。

 

頭痛も天気に左右されていたのか、気分が晴れたからなのか、

今日からギクッ、と刺されるような激痛に悩まなくなった。

 

二拠点生活、できればやりたくない。

でもやらなきゃならないなら、楽しもう。

 

ハンディのあるわが子のキーボードをノリノリで弾いている姿を見て

あれもこれも想定しすぎてすでに疲れてしまっている自分に反省。

 

全国どこでも作業所へ通えること

コロナ禍でリモート出勤もまだまだ可能なこと

 

メリットを生かして

思い切り体を動かして空き家暮らしを心地いいものにできたらと

考え方が少しづつ変わってきた。

 

家もお宮さんも草を刈り

きれいにしよう。

 

楽園が必要なのは、私か・・・

仕事や子育て、人生の転換期に何度住まいを変えただろうか。

思い切り好みの家にして住み倒してみたい、というのが子供の時からの夢

 

最初の部屋・空間は、縁側の隅っこ、

それでも嬉しくて、机の前の壁に手作りのカレンダーを貼った。

次は学生の頃の寮生活で長い長い木目のテーブルと

拾ってきた大きな本棚、白に塗ったらかっこよくなり、ポトスが置かれ、

冷蔵庫まで誰かが運んできて、

部屋がJAZZ喫茶のような空間に。

くつろぐ寮生が小さな缶に気持ちを

投げ入れてくれた小銭が数か月でいつのまにか相当額になった。

 

当時はすべてがアナログ

解剖のノートを借りる人の予約がたてこんで、貸し代として一回、300円、誰かがこれを書いて何冊も雑誌のように並べて代金入れの缶を置いた。

珈琲代、場所代、お気持ちは、ここ、と別の缶も置かれていた。

静かな空間がノートの貸し借りで騒がしくなったのを機転を利かせた友人たちは

これみんなおまえのものだから、と缶のじゃらじゃらを真面目な顔で

聞かせてくれた。

定期的に缶を開けさせられた時のあの驚き、10代には刺激が強かった。

 

ホームシックがピークになった時、

よし、このお金で弟を招待しよう、と思い立った。

私がへたれているのではなく・・・移動のお金と滞在中のお小遣いを送り、

カーペンターズのコンサートチケット2枚分買ったから、と招待。

それでも余裕があったので、スーテーキハウスへも行こう、と

10代にしては、思い切った企画

 

ところが弟は高校生。

遠出の一人旅に慣れていない。

荷物の置き引きに遭い、チケットも盗まれ移動すらできておらず

ターミナルで待てど暮らせど姿を見せず、缶マネーは半額ほどただ消えた。

 

すぐに次の企画として、

地元でさだまさしさんのコンサートがあると知り購入

自分が移動し、落ち込んでいた弟と二人行くことができた。

 

アルバイト禁止を知っていた両親はどうやってお金もないのに、この子は、

と、封筒にお小遣いを入れて用意してくれていたので、それもありがたくもらい、

後日、手紙で事情を説明した。

 

楽園づくりは自分の立っている場所から始められる。

 

夢中になればいい。

 

壁中に貼ったJAZZのレコードのジャケットやポスターや雑誌の白黒写真

珈琲も甘いほぼカフェオーレ、珈琲にはまだ慣れていない18・19歳の子供

それでも座ってくつろぐ学生は皆かっこよく足を組んで孤独もわからないのに

孤独感をかもしだし・・・

 

数人寄ればすぐに笑い声が起きるはずが、ここはひとりになる部屋。

お喋りは、会議室と皆心得ていた。

私は、ベットに据えられた机で勉強もプライベートも済ませまるで空気

部屋の住人は空気なので、私が居ても誰も気にしない。

目もあわない、本当に茶店だった。

 

思い出すと、元気が出てきた。

体力はどうだろうか・・・

暑さにまいらないだろうか・・・

もう考えまい。

楽園づくりに夢中になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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痛みは怒り?

痛みは怒り?

 

 

ここ数日、片頭痛に悩まされ、ロキソニンを飲んでは胃が痛み、

カロナールでやり過ごそうと飲んでは、刃物で刺されたような激痛に

またロキソニンを飲み・・・と生きているのが嫌になるような痛みが続いた。

 

痛みに意気消沈し、両親の遺影の前で座り語りかけているうちに

気が付けば、

信じられないほどの愚痴・暴言の数々を吐き出していた。

痛みって恐ろしい。

別人誕生、という感じ。 

 

 

親に反抗したこともなく

自称ファザコンだし、

他称、甘えん坊の寂しがり屋の永遠親離れできない人

ひどい言われようですが

 

自分も天国を見据えて生きるような年齢になってくると

親の看取りが終わり、子育ても終わり、仕事は現役から下がって、

空き家に親が残したものを片づけに郷里へ通うライフスタイルに至り、

それがコロナ禍という時代とかぶり、

 

ストレスが気づかないままたまっていたんでしょう。

 

いいですか、あなたがた

 

 

親に向かってなんということでしょう。

 

気が付けば、ああだ、こうだ、と腹の底を洗いざらいさらってまで

ぶちまけていた。

 

あー、怖っ!

 

子供と言い争いもなく

夫婦げんかもほとんどない。

友人との諍いもなく、喧嘩がある所からは逃げていく平安なところが好き

 

そんな穏やかなはずの自分の腹の底の言い分を吐き出したあと、

客観的にその内容に大笑いしてしまった。

 

小さなことから大きなことまで、ようまあ・・・

子供の頃の小さなできごと、進路を押し付けられたこと、などなど

 

口をとんがらせてわめく君は思春期か? と突っ込みたくなるような一人芝居

パフォーマンスを終えたら

 

今朝、痛み、ほぼほぼ消えていました。

 

 

痛みは、怒りなり。

 

ストレスは恐ろしい。

 

 

お金がだらだらと理不尽に出ていくストレスはよくないらしい。

 

 

お金は報酬である。その人の時間・労働の対価

その骨身を削った対価を愛する人や子供に、どうぞ、どうぞ、と

使っているうちは、生きている金。

使うほどに新陳代謝のごとくまた新しい対価が生まれてくる。

 

だが空き家はモノ、愛する対象である人がいない

晩年に贅を尽くしてくれるな、とは言いたくはないが高いものほど片づける時

主がいないのにお前どうする? と愚痴が出る。

 

 

 

美田を残さず、学問を残す、というのが口癖だった父親に向かっては

美田を残せば良かったのに、学に投資し続けるのが長い時代になったんだよ、

お父さん・・・あればあるほどいいの・・・

お金は放蕩に流れるだけではないのにね。

遊ぶお金は、それは多いだけ人をダメにしていくかもしれないけれど、

研究費を得るために若い人がどれだけ苦労しているか知ってる?

研究費なんて、あればあるほど人が助かっていく仕組みなんだよ、

美田は使いようなの

 

と・・・

 

実家片付け、

胃にも心臓にも悪い。やりたくない。

 

自分の時には、遺言は詳細に書き残し

物も使うものだけにしておくと決めている。

いつ死ぬかわからないし、必ず誰かの手は煩わせる。

そのことを想定しながら、終活をしようと思う。

 

尊敬する両親だったが

それでもあれだけ言いたいことが出てきた。

 

私の遺影の前ではもっと怒りが怒涛のようにぶちまけられるのだろうか。

恐ろしい。

人は自分のことはよくやっているほうだと思う、と分析するらしいから。

 

さて、今日もきれいにできるだけ生きよう。

楽しく過ごそう。

痛みがこなくてもストレス貯めないよう頑張ろう。

 

一人っ子がよかったな。

 

この前から、そういう口調が珍しく増えてきた。

よくない傾向。

さて、自分にできることを誠実にこなしていこうか、

自分で自分を励まし労り続ければ、余力が生まれる日もこよう。

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