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生きよ、父が鳴いて知らせる夜

 

 

もう20数年も前の話、

父の通夜の日

 

庭の門の近くで兄が椅子に座っていた。

私が近づくと、交代しよう、と椅子から立ち上がった。

 

忙しい、と

いう私に、

いいから座ってごらん、親父が来ているから、と

 

椅子に座ると、木の枝にフクロウが見えた。

我が家の大きな木に前から棲みついているふくろう。

人の気配にすぐ飛びたってしまう慎重なはずのふくろうがじぃと動かずに

こちらを見据えている。

 

15分ほど椅子に座って、

「ありがとう、お父さん」

というと、飛び立っていつもの所へ戻っていった。

 

今回、空き家掃除の雨の日の疲れた日

ココロ、クッククロ・・・

久しぶりに鳴き声を聞いた。それもずうと鳴いている。

 

なあに、お父さん?

あまりにも静寂な夜に鳴き響くので、お父さん、なんですか?

と茶化すようにその木の近くの部屋まで行ってみた。

床を敷き、寝る間際で聞こえたふくろうの

鳴声にお通夜の時を思い出したので、はいはい、と行って見たのだった。

 

なんと片づけたあと、私は部屋を全開にしたまま、泥棒さん、いらっしゃい

で、そのまま寝入るところだったのだ。

もちろん、そういうことは初めてのこと。

ドキドキと鍵を全部かけ、カーテンを閉め、寝床に戻り、

ありがとう、お父さん、というと、鳴き声はピタリとやんだ。

 

奇跡が起こった、というのはこの話ではなく、

まだまだこれは序の口でした。

 

 

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いよいよ東京を発つ

 

 

TVもパソコンもない、夜になれば星と動物の鳴き声と木々の揺れる音しか

聞こえない南国へ行く。

 

私はいいが、

自分で飛行機のチケットも買えなければ、ご飯も買えない。

行く場所を選べない子供を伴って、移動しようとしているが、

この子が培ってきた場所・時間・仲間・経験、すべてを止めて

違う場所へ行こうとしていることをこの子は止めることができない。

 

私はなんという残酷な親だろうか。

ここ一週間、そういうことを考えると、何もする気が起こらず

準備が進まなかった。

 

二拠点生活というが、

子供は、どちらかの拠点で仕事に就かなければならない。

慣れている中堅の今の場所から、また新人をやり、大変だろうなと思う

 

グダグダとすっきりしないまま時間は過ぎ、

荷造りも万全ではないまま、発つ日が近づいている。

 

東京暮らしは楽しかった。

仕事は辛かったが、あっという間に時間が過ぎていった。

 

自分の中の東京ある、あるは、

凄い人がいくらでもいるという、あとで恥ずかしくなるある、ある。

何度も、ああ、またある、あるだ、と、ここは東京だった、と思うこと

 

私は

人の話に感情移入するのが早く、かわいそうだと思うと助けたいと

すぐ動いてしまう。おせっかいな田舎の典型的なおばちゃん気質を持っている。

 

地方から出てきた両親はすでに亡く、郷里には伯母がいるが、墓守りを頼むのが

せいぜいな関係だと、ぽつりと話すお兄さん

 

もう情が動いて、動いて

あれやこれや、何かと持たすわ、声かけるわで、そういうある日

一緒に食事へいった。

お酒が少しまわって・・・まずは待ち合わせ場所から・・・?

東京にだいぶ慣れておられますね、もう郷里には誰もいないから終の棲家

ですものね、頑張っておられますね・・・とこちらは気持ち優先でしゃべり倒す

 

2時間、3時間、楽しいおしゃべりの間でわかったこと

 

この人、大変なおぼっちゃまだった。

東京生まれの東京育ちのおぼっちゃまはご両親は超エリート

いつもボロボロな服着ているので、バレンタインデーにはセーターを

プレゼントしたこともあるのよ。

 

実家の一軒家で一人息子で親は亡くなっているのだから・・・

暮らしているよね、当然・・・

彼が何かの研究に打ち込んでそこにしか住めない地方にいた時のマンションを

親が購入してくれてそこもあるし・・・

未婚のまま天へ召されたおじさまの遺産も引き継ぐし・・・

 

なんなのあなた

 

僕、お金、困っているっていいましたっけ

僕、地方で生まれたって言いましたっけ

 

ええ~、だって、洪水のニュースの時、伯母が住んでいて、って

ええ、住んでいますよ、でも僕は・・・

 

もう叩くよね

とバチンと腕を叩いて、

なんでかな、なんで同情のスイッチ入ったのかな、どこからかなあ

 

服、服だよね

そうよ、あのセーター、何故、着ないの?

 

きっと趣味が合わないんじゃない

傍から静かなジャッジの声が入り、

 

ああた、じゃあ、寂しくないのね。

いやあ、寂しいは寂しいですよ。

ふ~ん・・・

 

これは1話

 

元弁護士さんだと知らずに偉そうにべらべら何かを教えてしまったこともある。

長い黒髪の清楚な美人さん、

優しそうで、オペ室での仕事が始まるというので、心構え?みたいなことを

聞きたいと紹介されたので、マシンガントークで誰も止められない域まで達した時

 

あまりにも素直で呑み込みが早いのにようやく気づき

あなた、何?

 

ああ、彼女、弁護士さん

紹介した人が横から教えてくれた。

ふ~ん・・・

 

2話

 

自分のルーツに及んで質問続きの中

だんだん自慢も足されて饒舌になった私に

あの人、00の孫だから、と相手がかかってきた電話に失礼と席を立った

隙間に教えてくれた知人の顔はすでに蒼かった。

 

3話

 

こんなのばっかりで

もう調子にのって喋らせられてはいかん、とようやく東京ライフに慣れて

いったが、

 

田舎とちがうのが、人の底力

 

初めはヘナヘナに見える人でも、折れない

そもそも競争に生き残って立っている人たちだということを念頭におかなければ

足元をすくわれるような自分の弱さを感じてしまう瞬間が何度もあった。

 

そういう場所へ

田舎で幼少期を伸び伸びと過ごしてきたほぼほぼ天然の

上の子たちを置き去りにして

私は下の子を連れて、時間に追われることのない田舎へ行こうとしている。

 

すぐかわいそうだ、と誰彼のことをいう私の横で

一番かわいそうなのはあなただよ、と教えてくれる人がいる。

 

心置きなく

喋れて

世話がやけて

情をとかして、

そういう場所をつくりに行くと思えばいいじゃないか、と

 

たぶん、みんな行くと思うよ、と

 

私がいちばん、きっと寂しいのだと思う。

家、人が泊まれるように、と考えるところからはじまるのだから

ついていく子供は、大丈夫だよ、

みんな旅行で来てくれるよ、と笑っている。

 

やっぱり二拠点だと脳に言い聞かせた方が寂しくない。

東京ライフは気づけばもうふるさとへのホームシックを上回ってしまっている

 

出会った人はみな優しいし、私以上の情持ちだった。

じわじわとあとでくるスマートな人付き合い。

生きていくって・・・

別れって・・・辛いものです。

 

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雪が降って別世界です

 

 

生まれて初めて雪を見たのは長女が生まれてすぐの年

出張で上京してきた父親を迎え、大学生だった弟が訪ねて来た夜

 

外、外

 

と、玄関を開けて入ってくるなり、「お父さん」と父を呼ぶ弟

パジャマのままの父は息子会いたさにすぐに玄関へ。

 

「おおう、元気だったか」

「違う、外、外」

外へ連れ出された父は、真っ白な生まれて初めて見る銀世界に立ち尽くしてしまった。

私もあまりにも静かな別世界の現れように息が止まりそうだった。

三人とも雪を初めて見た夜だった。

 

鍋をつつきながら、

トイレのついでに何度も外へ出ていきたがる私と父のためにカーテンを全開大にして、小さな縁側に座って、生きていて良かったあ・・・と同じようなことを何度も互いに言っては、珈琲をのんでいたことを思い出した。

 

父が帰った後も積もった大雪が嬉しくて

雪だるまをこそっと大きく遊歩道の傍で作っていたら、

スキー板を履いている人が歩いてきた。

気まずそうなのはお互いなので、見ないように配慮したが、やっぱり後ろ姿は目で追った。

スキー板を履いている人をTV以外で見るのは初めてなので仕方がない。

 

数時間で音もなく現れる白銀の世界は、南国の人には刺激的すぎる。

 

神様ってやっぱりおるんだねえ

 

そんなことを縁側で語り合っていたように思う。

 

息子の大学の合格発表を待たずに上京して東京へ住まいを移したが、

合格がわかった日、雪が降った。

 

どんどん積もっていく雪道をコンビニめがけて歩き出し、

神様、ありがとうございます。ありがとうございます、と泣きながら歩いた。

 

雪の中を歩くのは、別世界へタイムスリップしたような感覚なので、

神様、ありがとうございます、と言うのに一番適していると思った。

 

自然を圧倒的に感じれる瞬間は、やはり神がかりを感じるから、東京で見る雪は

大変だけれど涙が出る。

 

四季のある暮らしに慣れるまで大変だったが

冬は冬で美しい

家の中が温かくてこもる生活がいとおしい。

 

そこから連れ出してくれる梅に桜に春風・・・

 

さて、また窓を全開にして雪景色を見ながら珈琲タイムしよう。

 

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母の命日

 

認知症になってどこへ連れていかれるかも定かではなかっただろうに

母は、終の棲家を東京の我が家に決めてくれた。

 

私を厨房のおじさんと間違えて、「おじさん、おじさん、大将はいる?」

と、いつも主人を探していた。

 

心臓マッサージで肋骨骨折があり、体の向きを変えるのも大変だったが

うちの大将は力持ちで、誰よりも繊細に体を支えてくれるので、本能的に

いつも探していたのだと思い出す。

 

教え子がくれた灯りをともして花をかざり、大好きだったカステラを供える。

 

年末の慌ただしい中、

狭い室内で通夜をし、年明けて郷里まで移動、皆が待つ家で葬儀をした。

 

いざという時、痛みを乗り越えきれない時は慢性疼痛を処すよう、主治医になって下さった先生は麻薬管理の資格を取って下さったが

なんと、カロナールを二度使用しただけで天国へ帰っていった。

 

係わって下さったチームの力が凄かったことももちろんだが、

今静かに思い出せば、大将はそうとう凄い。

肋骨が刺さらないように、痛みを起こさせなかったということになる。

 

今頃、私は大将に、ありがとう、と心の中で泣いてお礼をしている。

 

嫁さんの母親のおむつ替えだけでも凄いことなのに

車いすに下ろしたり、散歩させたり

多忙の中、黙々とやってくれていたが、痛みを起こさせないというのは

やはり今思い出しても凄いこと。

 

「大将はいる? 」

私だけ、と指さして教えると、もぞもぞと顔を横へ向けて悩んでいる様子

もバレているのに、大将を探していた。

 

私の介助では、イマイチだったのだろう。

 

 

大将に、親指を伸ばして、偉い! を伝え、

大きなはっきりとした声で、「真面目、真面目」 と褒めていた。

 

亡くなる直前まで、ありがとう、ありがとう、と吐く息の合間に伝えようとし、

私たちは母から

「死ぬこと」 を肌で教わった。

 

こちらこそお母さんありがとうございました。

 

母は、子育て中、一度も子供を叱ったことがなかった。

生涯、孫も含めて、声をあげたことがなかった。

 

私が多忙を極めた頃

娘は祖母の後姿をよく見ていたのだとこれも今頃気づく

 

娘の生きるモデルは仕事で家にいない母親ではなく祖母の立ち居振る舞い

 

おかげで私とはまるで違う所作をする子に育ち

品がいい、とよく褒めていただくのも、

やはりお母さんのおかげでした、

と、これも写真に手を合わせてお礼をした。

 

私の生き方が不器用で、たくさんの方々のフオローで子供たちは育ったが

東京まで婿殿におんぶされて運ばれてくるのを拒まず身をゆだねた

母の生き方、愛の示し方をこれからも見習いたい。

 

婿殿を称賛する。

 

あげまん遺伝子、娘に隔世遺伝で全部いったと思っていたが

不器用な娘のフオローを仕上げに来てくれたと気づいたら涙が止まらない。

大将の良い所、お母さんのおかげでたくさん知りました。

 

子供たちのいいところももう一度再確認できました。

私もお母さんのように生き切って、感謝して

ありがとう、ありがとう、と最後は天国へ帰れるよう頑張ります。

 

深い愛を

お母さん、ありがとう。

 

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