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カテゴリー:旅行・地域・南国エピソード

 

今週の女子会は朝マック

 

とても楽しそうな子供の顔を見ているだけで嬉しい。

 

小さな幸せ時間に感謝。

 

戦争の報道は見ているだけでも辛いですね。

 

物価高も加速するばかりで、時代がこれまでとは違う景色になってきました。

 

昭和世代、特に超田舎で育ったので、今の暮らしの豊かさが当たり前ではないと身に染みて知っているつもりですが、慣れは時に恐ろしい。

 

田舎の病院で同年齢の研修医が数名揃ったことがあった。

 

東大、慶応、九州、大阪、沖縄本島・・・

ちょうどその時、日本発の母子手帳について論文を書いていたので、

 

みんなで母子手帳と子供の頃の写真を持ってきて、ご飯を一緒に食べて同期会のようなことをしませんか、と声をかけてみた。もちろん皆大喜び。

 

慶応ボーイは、日本橋で撮った半ズボン姿が愛らしい写真と、有名な病院の出産記録が記載されている母子手帳も持参。

 

他の青年ドクターも意気揚々と母子手帳も写真も実家から取り寄せてくれたのを見せてくれた。

 

みんなで、集められた愛らしい品々を見ながら、それぞれのエピソードも聞きながら、文化の違いが楽しくて、場は盛りあがりっぱなしだった。

 

 

で、YOUは? と当然の流れで、君のブツも出せ、と迫られたが、

 

 

「ない」

 

「ずるいな」

 

「恥ずかしくなってくるだろう」 と、それぞれが愛らしい自分のブツをしまおうとしたので、

 

「違うんです」

 

失くしたの?

 

「違います。そもそも母子手帳どころか、病院で生まれてないんです」

 

えっ?

 

そこからはしかたない。

彼らには卓上のブツ以外のモノが想像できないだろうし、

 

応じてくれた彼らにサービス精神たっぷりの頼まれもしない私のマシンガントークがさく裂。

 

母に出産の時のエピソードだけでもと問うたら、の話から披露。

 

豚も牛もヤギも自分もお腹が大きくて、誰が一番だったか、牛が一番で、あなたが2番でヤギ、いや、豚・・・うーん、待ってよ。あなたがやっぱり末っ子よ。間違いない!

 

父親が取り上げたエピソード、さとうきびの収穫シーズンでいつもなら駆けつけられずはずの隣のおばちゃんたちが誰もおらず、旅で来ていたお姉さんらしき人と祖母と父のチームワーク下で生まれたこと

 

芝居まじりにしゃべり倒していくと、

 

「待て、へその緒は? 胎盤は?」

 

もう何十名も取り上げて来た素人だと手技も演じながら続けると、

母子手帳持参の青年たちは呆然とした顔で、

 

「本当に本当の話?」 と。

 

それからますます調子にのった私の川で洗濯していた話やランプの話や、自慢話が止まらない。

 

それ以来、リスペクトを込めて野人先生、と呼んでくれるようになった。

 

一年余りで全国へ散っていった同年齢たちだったが、島の不思議を短い時間の中でも知りたい、野人先生! と何かとリクエストしてくるようになった。

ある時、星を観に連れて行った。

 

途中、運転している車を静かに止めて車のライトを全部消した。

 

うわっ、どうしたの?

故障?

大丈夫?

 

しいー、とおおげさに芝居する。

 

自分だけ車から降りてみる。

 

誰も車から降りない。命の重みに日々対峙している彼らは慎重だ。

 

真っ暗。

場所も不明。

足元も怖い。

南国の生き物は怖い。

恐ろしいほどの静寂。

しばらく数分・・・放置

 

闇って本当に闇なんだね。

 

島を離れるまで、彼らは、何度も何度も本当の暗闇体験をした、次元が体感が違った、と

 

 

それから坂を下り、浜で、「どうぞ」 と自分のもののように差し出した星空にみな絶句

 

天の川だ

北斗七星?

 

 

互いの文化ギャップを学んで、恵まれた時代に生きているね、ありがたいねえ、と

 

それでもあの頃、朝マックの習慣はなかった。島にマックはなかった。

 

 

時代はいつも動いている。

 

 

 

今日は短い時間でしたが、久しぶりの珈琲タイムを街中のおしゃれなカフェで過ごすことができました。

 

昨日、30数年ぶりに超秀才だった幼なじみと再会し、

あまりにも優しい声や表情が菩薩様というのはこんな感じ? と思ったほどです。

 

私のマシンガントークを笑いながら頷きながら聞き通してくれて、

悟った人の持つであろう神々しさを子供のころから幼馴染の彼女に感じてはいたが、

長じて

 

いやあ・・・

自分の凡人ぶりに、改めて、

ああ・・・人って・・・こんなにも違うものなのか、と

 

こんな素敵な人が生まれて最初の友人として与えられた

稀有な、本当に自分は恵まれていたんだなあ、といろいろなことが脳内を巡り、

感謝。

 

私の巻いて巻いて勝手に語りつくすこれまでの話を微笑んで全部聞いていた。

 

いないよ、そういう人。

初めてだよ、そういう人。

 

不思議そうに質問していたのは、東京に住んでいてどうしてその語り口なのか、訛り?

話術? 取れてないだけ? 何故? ただその一点だけを何度も解こうとしていた。

 

そうです。

わが幼馴染はまだ全国模試が珍しかった頃、始まったばかりだったのかもしれない。

塾も予備校も家庭教師もいない、片田舎の学校から受けて全国1位を獲った超秀才なのです。ほぼ満点だったと聞いた。

 

もう一つ

私のマシンガントークに、秀才脳が ?

 

高校の夏休み、

親の押し付けてくる進路から逃げようと思い、あなたのノートを借りに行ったところね、

「うん」

 

 

得意の英語からまず自信をつけて、そのあとで数学を借りてとお家に行ったの

「うん」

 

借りた英語のノートは全部英語しか書いてなかったから、これじゃないの貸して、って言ったら、これしかノートはないっていうの

 

「それで?」

 

優しく微笑みながら、笑う準備をしてくれているが、

 

英語しか書いてない、で共通理解できない世界にいるのだあ、

誰か、助けてくだしゃい、と泣きそうになっている凡人に話のオチがあろうはずもなく、

 

and そして、とか

三人称、とか

ここは全文をまとめて、とか、書いてないし、とかオチになるとは思えません。

 

わからない人が書き込むのであって、

いらなかったということです。

 

英語しか書いてない英語の授業のノートって他に見たことがありません。

そこからはオチなしのマシンガントーク、たぶん3時間しゃべり倒したと思う。

誰も頼んでいないのに・・・

 

また会いたいから連絡先を交換していい? と交換した。

今度はマシンガントークをやめてみようと思う。できるかどうかはわからないが、

 

知りたい。

 

不思議の先を知りたいのです。

 

恩人でもある幼馴染に会えた昨日、毎晩、映画か? というほど見る夢をまったく見ませんでした。

 

不思議です。

 

 

 

 

早朝、道路沿いの草と格闘していると、毎回、元気よく、「おはよう! 頑張ってるね」 と軽トラから声をかけてくれる兄ぃ兄ぃがいる。

外人さんがカタコトの日本語で「オハヨウゴザイマス」 と頭を下げながら挨拶してくる。

日が昇るころになると、また違う挨拶が飛び交う。

 

幸せな気分がふわあと全身を巡るので、きっと何か体にいい・・・が出てきているに違いない、とこれは癒しだ~、と心から感謝している。

 

断捨離続きの日々はごみ収集車の職員さんたちとの間接的な・・・でもある。

 

透明度が弱い袋で資源ごみを出してアウト。

鉄なべを燃えないゴミ袋でアウト。

 

一生懸命、市の分別資料を見ながら取り組むも、残念な日々も続く。

 

東京都の分別習慣でついやらかしてしまうと、もちろんアウト。

 

炎天下の中、

ある時、全部合格して全部持って行った車に、頭を下げてお礼をしたら次の家のごみを乗せていた若い職員さんが、ごみを入れたあと、暑いだろうに、動きを止めて、こちらに向いて礼儀正しく頭を下げていた。

思わず涙があふれて、兄ぃ兄ぃ、ありがとう、暑い中、本当にお疲れ様、と、癒し・・・があふれ出てきた。

 

それからというもの、ますます資料をよく読み、ごみ箱を毎回洗い、足元になるだろう場所の草を取り除き、ありがとうの気持ち、伝われ! とおばあも頑張っている。

不合格の日もあるけれど、それでもあふれ出る癒し物質

 

***

 

庭の草取りをしていると、散歩しているのだと声をかけてくれる90歳は過ぎているのだという島のマダムたちが3人ほどおられる。

 

誰かわかる? と皆が同じ声掛けのあと、どなたも同じことを言う。

「ありがとうね」

「きれいにしてくれてありがとうね」

うっと泣きそうになる。

 

ゆっくり歩く後ろ姿に、気が付けば頭を下げている。

背筋を伸ばし杖を片手にウオーキングをして、自分の家でもないのに、

ありがとうね、と励まして立ち去る後ろ姿・・・

 

学生の頃、夏休みのバイトで得たお金で、初めて買った本は

 

「菊と刀」

「風姿花伝」

 

専門書に追われる人生になるだろうから、初めにこれを買え、

尊敬する方に薦められて買った二冊。

 

何度も何度も読んだ。

専門書に呑まれていく日々の中で、残念ながら

今でもすぐに手繰り寄せられる箇所は、情けないが、

 

「老人の後ろ姿を真似よ」

まず真似から入れ、先達をただ真似よ、と記憶している。

達人の奥義、あれこれ言うな、ただ真似よ、と。

 

島生活は真似なければと思う師匠が身近にたくさんいる。

日常の息をするだけで真似て生きる知恵が入ってくる。

それも癒し付きだ。

 

ようやく、真似よ、の意味がわかり始めたような気がしている。

真似よ、が癒し付き、

ありがたいかぎりです。

 

 

9月に入りました。

ようやく夕方散歩ができるようになりました。

子供と二人海まで歩いて行き、白い砂浜を歩きながら日が暮れるまで海を眺め、大きな鷲が棲家から飛び立つのをゆっくり待ったりしながら、ようやく日々を楽しめるようになりました。

 

大鷲の飛び立つ雄姿を見ることができるのは大抵、早朝。

諦めながらも、自然の癒しはそこにもあそこにも、

散歩できる涼しさ、ありがたく噛みしめながら、天気のいい日は続けようね、と

 

早朝散歩も気持ちいいですが、夏草に敗北していた7月・8月

 

それに立ち向かうように、鎌やのこぎりで、毎朝、草を刈り、木を切り、ここは森の奥ですか? と唸りつつも、

 

肉体労働も涼しいと気持ちいい汗がかけて、本当にありがたい。

 

南国の真夏

よく乗り越えたね、と子供をほめて、そして自分もほめています。

吸う空気が暑すぎると、体って本当にバテますものね。

二拠点生活は勘を取り戻す頃には移動、というのが一番辛い難点かなと思います。