- 投稿 2023/12/08更新 2023/12/08
- 子育て・教育
(過去記事)
息子が小学校の頃、実家でしばらく暮らしていた
仕事は忙しく、送迎のサポートや育児のサポートの人を頼み
祖母である母も現役で仕事があるなか、
家は一日中大賑わいの人の出入りだった。
誰かが誰かを助け、
明るい生活がまわっているのだと思っていた。
「たいせつな話がある」
息子はまだ小学生。
石原裕次郎のポスターのように、
半ズボンからのぞく膝を少し立てて
にぎやかなおばちゃんたちの中にいた私に、
大切な話だから、と声をかけてきた。
「何?」
「おかあさんとふたりだけで大切な話がある」
おばちゃんたちやほかの兄弟が、
ほう、というなか
息子にはカルピスウオーターを、自分には珈琲を淹れ、
二人で車庫傍の木の下の椅子へ
両手でコップを握りしめて下を向いている息子。
「なあに」
「おかあさん、舟、買えるかな」
「ん?」
「舟買って、操縦できる資格も取ってほしいんだ」
「ふね?ふね~」
珈琲を吹き出しそうになったが、
真剣勝負のまなざしは冗談のようにも見えず、
「みんな舟持っているんだ。護岸で釣りしている人なんかいない。買える?」
「ちょっと待ってね。息させて」
そう言って立ち上がると、
「僕にはなんでお父さんがいないんだ。みんないるのに。みんなお父さんと舟に乗って海で魚取っているのに」
と大泣きをして、
走って庭から一階のトイレに駆け込むと中から鍵をかけてしまった。
一度も反抗されたことがなかったので、驚いて鍵を開けてくれるよう頼んだ。
中から、
「今の話は忘れて下さい。
ぼくが悪かったです。舟のことは別の方法を考えてみます」
と、堰切ったように泣いている。
どうしていいかわからず学校へ行った。
転校してきたばかり
担任の先生を職員室に訪ねた。
息子が言ったとおりを先生に話した。
若い先生は黙って聞いておられた。
勢いあまって相談に行ったのはよいが、
若い先生のクールな表情に
失礼しました、とすごすごと帰った。
夕飯の支度にとりかかっていると、
息子を訪ねて同級生の男の子が訪ねてきた。
イカ釣りに行くのだという。
息子のえぎも用意してきていたので、
急いで、二人分のおにぎりや卵焼きや唐揚げを詰めて
飲み物と一緒に持たせた。
下の子たちを寝かしつけて、
おばあちゃんが、
「はい」と渡してくれた珈琲を持って、
月明かりがきれいな庭で息子を待った。
自転車の音が聞こえて、
「またなあ」
と元気な声が聞こえた。
たくさん釣っていた。
おばあちゃんも降りてきて
「すごいね、いっぱい釣ったねえ」
「明日はウニも取りに行くんだよ」
「ウニ、凄いねえ」
おばあちゃんが持ってきたアイスクリームを食べながら
息子は、どういうふうに釣ったかを楽しそうに話してくれた。
二人でイカをさばいている時に、
友達Iくんが
「Aくん、Aくんにはおかあさんがおるだろう。
ぼくはお父さんもお母さんもおらんよ」
と釣りの終盤で話したらしい。
しばらく釣りなんかを教えてもらうことにした。
勉強は僕が教えることになった。
だからしばらくはいそがしいからね、と真剣に言う。
学校の父兄会の終わりに先生へお礼に行った。
おかげさまで、Iくんから男学を教えてもらっている毎日です
と報告し、
Iくんの話した言葉を伝えると、
先生は男泣きに泣いてしまった。
私もつられて泣いた。
緊張がとれたというか、あったかい時間にほっとしたのだと思う。
祭りでIくんの雄姿をみた。
息子を参加させるために、
これまで祭りに参加しなかったIくんは
自らが先頭を切り、皆を巻き込んでいった。
運動神経抜群のIくんの垂直に飛び上がる舞いは感動、鳥肌もの。
息子もDNAが蘇ったのか、生き生きと舞い、祖母を感動させていた。
K先生も同僚の若手を巻き込んで参加。
カッコイイ大人の舞いに子どもたちも誇らしそうにみていた。
休みの日、息子の髪を刈る時、Iくんの分も刈った。
他の子らもおいで、とついでに刈ってやろうとしたら
みんな逃げだした。
「何故、逃げる。並びなさい。
終わった人からアイスクリーム食べていいから」
と言ったら、あんなんは嫌だ、だからアイスはいらない、という。
アイスまで投げ出すくらいひどい出来なのに、
二人は何度か友情の証しのように
私の髪カットにその後も応じてくれていた。
舟は同級生の親が乗せてくれたようで、
興味は他へ移っていったが、
友情はずうと変わらず、
先生が転勤する時には
男の子の心の純粋さに、しばらくみんなで
K先生ロスを共有した。
お別れの日、
海の岩場にIくんが隠れてしまい、飛行機の時間ぎりぎりまで
K先生は岩場の外で彼が出てくるのを待った。
「男はどんなに辛くてもやるべきことから逃げてはいけない。
先生ときちんとお別れするんだ」
傍で聞いていて、こちらが切なくなるような先生の男学
Iくんは、最後は逃げずに握手をし、空港で先生にきちんと手をふって
お別れをした。
帰り、彼らを焼肉食べ放題のお店へ連れて行った。
「男だ、食え。出世払いだあ」
と声かける前にもう全員テーブル席から駆け出していた。
飲み放題のドリンクバーへ、
選び放題のスゥイーツへ
昨日のことのように思い出す。
烏賊が青く光り、飛び交う夜の海
大きな月、オレンジ色で海面の凪に乗り動いて揺れる。
時間が止まったような海風、波の音。
しばらく飛行機に乗れない。
あの時のあの生活音は二度と味わうことはできないが、
景色は今も変わらずにある。
月夜の夜に耳を澄ませば息吹くらいは蘇ってくるかもしれない。
郷愁は悪くない。
今、頑張る力は、その日々の積み重ねの延長にある。
どの時にも感謝。