月別:2021年12月
本年もお世話になりました

 

本年も珈琲タイムに訪問いただきまして誠にありがとうございました。

 

コロナ禍から二年、忍耐につぐ忍耐で、厳しい時代が続きますが、

今年の厄は今年で落として、来る2022年が皆様にとりましても

良い年となりますよう心からお祈り申し上げます。

 

2022という2が続く珍しい年

千里を走るという飛躍するのにいい寅年

 

コロナ禍を吹き飛ばすような良い年明けを祈ります。

 

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母の命日

認知症になってどこへ連れていかれるかも定かではなかっただろうに

母は、終の棲家を東京の我が家に決めてくれた。

 

私を厨房のおじさんと間違えて、「おじさん、おじさん、大将はいる?」

と、いつも主人を探していた。

 

心臓マッサージで肋骨骨折があり、体の向きを変えるのも大変だったが

うちの大将は力持ちで、誰よりも繊細に体を支えてくれるので、本能的に

いつも探していたのだと思い出す。

 

教え子がくれた灯りをともして花をかざり、大好きだったカステラを供える。

 

年末の慌ただしい中、

狭い室内で通夜をし、年明けて郷里まで移動、皆が待つ家で葬儀をした。

 

いざという時、痛みを乗り越えきれない時は慢性疼痛を処すよう、主治医になって下さった先生は麻薬管理の資格を取って下さったが

なんと、カロナールを二度使用しただけで天国へ帰っていった。

 

係わって下さったチームの力が凄かったことももちろんだが、

今静かに思い出せば、大将はそうとう凄い。

肋骨が刺さらないように、痛みを起こさせなかったということになる。

今頃、私は大将に、ありがとう、と心の中で泣いてお礼をしている。

 

嫁さんの母親のおむつ替えだけでも凄いことなのに

車いすに下ろしたり、散歩させたり

多忙の中、黙々とやってくれていたが、痛みを起こさせないというのは

やはり今思い出しても凄いこと。

 

「大将はいる? 」

私だけ、と指さして教えると、もぞもぞと顔を横へ向けて悩んでいる様子

もバレているのに、大将を探していた。

 

私の介助では、イマイチだったのだろう。

 

大将に、親指を伸ばして、偉い! を伝え、

大きなはっきりとした声で、「真面目、真面目」 と褒めていた。

 

亡くなる直前まで、ありがとう、ありがとう、と吐く息の合間に伝えようとし、

私たちは母から

「死ぬこと」 を肌で教わった。

 

こちらこそお母さんありがとうございました。

母は、子育て中、一度も子供を叱ったことがなかった。

生涯、孫も含めて、声をあげたことがなかった。

 

私が多忙を極めた頃

娘は祖母の後姿をよく見ていたのだとこれも今頃気づく

娘の生きるモデルは仕事で家にいない母親ではなく祖母の立ち居振る舞い

 

おかげで私とはまるで違う所作をする子に育ち

品がいい、とよく褒めていただくのも、

やはりお母さんのおかげでした、

と、これも写真に手を合わせてお礼をした。

 

私の生き方が不器用で、たくさんの方々のフオローで子供たちは育ったが

東京まで婿殿におんぶされて運ばれてくるのを拒まず身をゆだねた

母の生き方、愛の示し方をこれからも見習いたい。

 

婿殿を称賛する。

 

あげまん遺伝子、娘に隔世遺伝で全部いったと思っていたが

不器用な娘のフオローを仕上げに来てくれたと気づいたら涙が止まらない。

大将の良い所、お母さんのおかげでたくさん知りました。

 

子供たちのいいところももう一度再確認できました。

私もお母さんのように生き切って、感謝して

ありがとう、ありがとう、と最後は天国へ帰れるよう頑張ります。

 

深い愛を

お母さん、ありがとう。

 

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クリスマスイブの夜、子供とYouTubeで讃美歌を聴いていて気持ちい

い映像に出会えました。

杏さんと母校の生徒さんたちのきれいな歌声です。

 

 

 

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チャンスの神様には前髪しかない

 

出世のチャンスが目の前に来た時、考え込んではならない。

チャンスの神さまには、前髪しかない。

そんな言葉を聞いたことがある。

 

「今日からおまえは鬼だ」

 

作家の瀬戸内寂聴氏が、

子を捨て夫を捨て飛び込んだ愛人とも別れ、

心身共にまいった日、実家へ戻ったら、

実父にそう吐き捨てられた、と自伝にあります。

 

「世間はおまえのような者を鬼と呼ぶ。おまえは鬼だ」

 

荷物をとかしてもくれず、落ち込んだまま出ていこうとする娘に、

「鬼なら鬼でいい。とことん鬼で生きれ」

情を叩き切った鬼が親をのこのこと訪ねてくるものではない、と

翌日お父様は他界された。

 

チャンスの前髪が私の目の前にも置かれたことがあった。

 

「寂聴庵」へ行け、と師匠から命令があった。

 

蒸発・もしくは出奔

それくらいの心意気で現実から離れよ、と

そうすれば、たぶんあなたもやがてはプロになれる、と

そして師匠はアメリカへ旅立っていった。

電話は入れといたから、あとはあなた次第

 

急な話に気が動転もしたが、

したたかさが足りない私は中途半端にホテルに一週間滞在をし、

カンヅメというものを体験し、そこで物語を書いた。

 

まだ幼い子供がいる。

伴侶に預けて、次のステップへの道として挑んだ。

とても師匠の声かけには及ばない小ちゃな意気込みだったが

一週間のホテル予約さえ無駄にして、子供会いたさに

3日2晩で書いた物語はほぼあらすじみたいなものだった。

 

そこでいったん文筆業への夢は諦めた。

二の足を踏んだ私に、

師匠の申し出に乗り切れなかった私に、

チャンスの神様には確かに後ろ髪はなかった。

 

本気で出奔や出家をさせたいわけではなく

一度は死ぬ気で頑張れ、本気でそのものだけを取りに行け

鬼になれ、と当時は誰もがわかっていたと思うが・・・

 

師匠も寂聴さんも天国へ帰っていかれた。

私はまだこの時に及んでも

あれもこれも器用にこなそうといる。

 

一流の人は

チャンスの神様の前髪をしっかりとらえる人なのだろうと思う。

その時、鬼と呼ばれようと

失った何かで、のちに苦しもうとも、一流の何かを残している。

 

カンヅメしなくても

誰も書くことを止めることもないコロナ禍でのステイ・ホーム中

あの時のように夕鶴のような羽を抜き取り織るような刹那はなく

 

やはり試験前の部屋掃除のようなわがままだったなら

あの選択で良かったのだと思っている。

 

子供、子供とどうも私は子供離れが下手らしい。

自由に今度こそ何もかも忘れて書けばよいものを

今も子供のことにばかり気がいってしまう。 

 

想像の世界へ飛び立つのも訓練が必要

師匠は、あの時、その訓練期間、修業期間を企画して下さったのだと

今なら十分わかるのだが、

いかにせん、チャンスの神様には前髪しかない。

 

 

臆病者は臆病者のやり方でいくしかないか、と

まずは末っ子のところへ行くかな、それを果たしながら

書いていたものを少しづつ出して悔いをひとつづつなだめていく。

 

これが終活というものか。

いくらなんでも気が早い。

ステイ・ホームが長すぎたせいで、慎重さと前倒しの癖とが

ますます強くなってしまった。

 

誰か背中をぽんと押してください、と

今日も神様、夢で教えてください、と

地団太を踏む日の長いこと・・・ 

 

 

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