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どの花も咲いた オペ室編4

 

 

敬語の使い方が間違っているらしく、

「タラちゃん」

と新人は呼ばれるようになった。

 

全国からUターンしたベテランナース達は、オペ室オープンに向けて、術式、手技を基本、病院の核となるスタッフに寄せていくことになる。

 

現役オペ室のエリートたちを集めたなかで、おさめていく師長と主任は必死だった。今だとIT技術が進んでいるのでシミュレーションももっとスマートにできるものだと思う。

 

当時はアナログ

簡単なオペから引き受けていき、だんだん難度の高い症例も引き受けていく、その予定月数などもオリエンテーションされていたが、新人には初めのオペから、オペだった。

 

ドクターは同じメンバーでまずは、彼らと一緒に仕事をこなしてきた主任が器械出しをし、師長が外回りをする。すでにできあがっているチームのオペは流れるようにスムーズで、それに応える主任と師長の仕事を見学することから始まった。

即戦力になれる人が優先に見学に入り、主任の横に立つ、器械出しを代わる、主任が横で見守るなか完全に一人でやりきれたあと主任は降りる。

スムーズな支障もない完璧な状態だとドクターや主任が判断したら、主任はその人の外回りにつく。

しばらくしてその必要もなくなったら、次の即戦力へと指導が移る。

 

心臓外科や脳外もこなしてきた先輩方のそれぞれのデビューを新人は見学を許された。

 

「たぶん私より凄い人たちなのよ、みんな」

 

一緒に立って見学の指導までする主任が教えてくれる。

 

「タラちゃん、よくみておくんだよ」

 

かっこよくオペ着に腕を通す北里帰りのいつもはおちゃめな先輩が、きれいに並べていくメスや鉗子や止血用の糸

 

全員で何度も受けたマニュアルどうりの並べ方。

立ち方、構え方。

「よろしくお願いします」

オペレーター、執刀医の一言でオペ開始。

麻酔医が頷き、器械出しがガーゼをそれぞれに渡していく。

 

おちゃめな先輩はどこにもおらず、別人のようなまなざしと動きの完璧な美しさ。

手術の流れは、初めてのチームと思えない静かな流れの中であっという間に閉腹に至った。

花がカタカタと音を立てて咲いていく様のような、踊りの舞いがストーリーを作り上げていくような、鳥肌が立つようなそれぞれの腕先の技にただただ感動。

 

咲いた。

先輩、かっこいいよ。

やっぱ先生たち、かっこいいや。

 

どの先輩の開花の瞬間も鳥肌ものだと、感動につぐ感動。

それは派閥もできるよ、みんな凄いし、完璧だし、

 

新人は、見学、見学の最初は、それはそれは充実した高尚な世界に浸っていました。すぐに自分もああならなければいけない、なんてことを考えながら見学していた同期の新人たちの休憩中の言葉を聞くまでは。

 

あれをやれってこと?

「当たり前じゃん。タラちゃん、大丈夫? あの人たち、難度の高いオペの最初をやって見せてくれたら、大抵、外回りだって想像つくでしょう。この子、天然過ぎる」

 

あれをやるってこと?

「そう」

 

どの花の開花も凄すぎる、美しすぎる・・・

花咲く日・・・私たちも迎えなければならないってこと?

「はい、そうです」

 

・・・

 

外回りの指導も始まり、 オペ室編3

 

月曜日から土曜日の午前中まで勤務。

それと月2,3回のオンコール勤務。 

 

開院、手術室オープンまでの間、麻酔科医による、挿管、血管確保、心電図の症例実習、術式以外のシュミレーション講義を重ねに重ねたあとも、

 

土曜日の午後は希望者用に、講義や実習が続けられていた。

県外から1年、2年の応援ドクターがそれこそ手取り足取り教えて下さった。

 

 

器械出しからいよいよ外回りの指導も始まり、

麻酔カートの点検、中身の配置などを確認していたら、

「今日はすぐ帰らないでね、少しみな集まって」 と師長。

 

器械の説明会かな

と一日の業務を終えて休憩室に行くと、みなソファや椅子でくつろいでいる。

そして一人ひとり名前が呼ばれ、私の番になった。

 

「お疲れさまでした。はい、金の成る木さん」

と厚い封筒を渡された。

 

初給料だ。

 

その厚みにガクガクと震える新人に、

「開けてごらん」 と

 

お札の束を持つのは生まれて初めて。

手はガクガクとお札を落としそう。

 

「何枚まで持ったことあるの?」

「3万円」

 

「数えてみせて」

 

長いテーブルに一枚、二枚、三枚、置いていく。

十枚置いてもまだあった。

17万6千円。

 

「封筒に早くしまえ」

「今日はぶっそうだから誰か車で送って行ったほうがいい」

心配するドクターたちに、主任が、

 

「大丈夫、一緒にタクシー乗せてこの子先に降ろすようにするから」 と、

 

封筒を大事に持って主任にその日はありがたく送ってもらった。

 

そして、仕事がだんだんただの負荷ばかりから達成感も少し感じるようになった6月10日、帰宅前の集合がかけられ、名前を呼ばれ封筒がまた手渡された。

 

また厚い封筒だ。

 

「手当てよ」

手当って何?

 

「数えてごらん」

 

お札を並べた。

 

17万円。

 

「師長、私、この前いただきました」

そういうと、

 

これはね、と師長が封筒の表に印字されている内容を教えてくれた。

危険手当に、オンコール、などなど

 

今度は私が主任をタクシーに誘い一緒に帰った。

封筒から直接出したらダメだよ、と教えられていたので財布に少し移し、緊張して支払ったのを覚えている。

 

月に2度のお札の束、慣れるのに一年はかかった。

それから生まれて初めてもらったボーナス、年末調整、給料、これでもかの12月の札束ラッシュ。

 

働くって、こういうことかあ・・・

学生の時の忍耐と違って、対価が生じる、なんともいえないふわふわ感。

 

 

金の成る木は初給料で親に服を買い送り、ボーナスで兄の子を連れて正月帰省を果たした。堂々の返済20万円、プラス、気持ちを少し手紙と一緒に渡した。

 

凱旋した気分だった。

 

 

金の成る木と信じて送金頼む オペ室編2

 

 

卒業祝いで行ったちゃんこ鍋のお店で、一言挨拶をとお箸のマイクを渡されたので、お父さん、お母さん、これまで仕送りありがとうございました。

もう仕送りは大丈夫です。

 

かっこいい挨拶までしたため、もちろん3月以降仕送りはなく、

家賃・光熱費・食費・諸々・・・

 

金がない。

 

始発のバスが6時だったので、新人のオペ準備の時間配分を考えると、7時着はアウト。早朝5時に家を出て病院まで歩いていたので、交通費はいらない。

家賃は家主さんに相談、でも何かと心細いおこちゃま貯金では厳しい毎日。

 

入職したその日にお給料ってもらえるものじゃないんだ・・・

呟いた新人に派閥の各ボスから食事をおごってあげる、のお誘いが。

歩いて帰るので、外食は、とひたすらストイック気分で潜り抜ける誘惑な毎日。

それに追い打ちをかけたのが、師長の、

「ええ、なに、この子、知らなかったの? ちゃんとお金が満額でもらえるのは5月25日、だって一か月働いて計算されるのよ。何、何なの、もしかして仕送り大丈夫って言ってしまった?」 という大きな声。

 

うなだれて頷く私に代わって、命かかってんだから、と電報を打ってくれることになった。

文面、ほら、考えて、

休憩室の全員が早く、とせかす。

 

「金の成る木と信じて送金頼む」

 

全員に爆笑されてしまった。

 

数日後、休憩室にお届け物

 

私宛のこれも今では考えられないのですが、職場に、蛸や烏賊の父が燻製した自慢の品や母の自慢の品々が入った箱が届けられ、皆様へ、とあった。

 

巻物もあるよ、と候系は任せて、と眼科のドクターがぱらーと広げたら、長い本当に巻物。

 

貴方を金の成る木と信じて、金銭、20万円を送らせていただき候

達筆な毛筆で、半分まで、貴方、貴方、貴方

 

そして半分からはお世話になっている皆皆様へのお礼状だった。

こちらに旅行に来た際には観光案内もします、家へ泊っても大丈夫なことなど、エスカレートしていく巻物は生き生きとした声で最後まで読み上げられた。

 

見せて、見せて、巻物初めて見た

 

烏賊の燻製、美味しそう。

 

その日は金曜日、

 

外飲みももちろんだがお酒をほとんど口にしない外科医たち、誰かがビールを買いに行った。今日は特別な、と皿を並べる人。椅子をテーブルを囲むようにセットしていく人。

普段の疲れを癒す静かな語り合う時間が生まれた。

慣れない人との距離感も心持ち近づき派閥も形がなくなったような、ちょっとサプライズな嬉しい日になった。

静かに飲んで食す、大人な集団、かっこいい人たちだなあ・・・

新人は職場というものが急に愛おしくなったのであります。

 

 

好きに生きたらええねん オペ室編1

 

親に強いられた職業とはいえ、ぐちゃぐちゃいう間もなく鍛えられ、一斉に仲間たちが飛び立つのに混じって新卒として総合病院のオペ室に放たれた。

 

開院に向けて準備が進められ、全国からUターンしたベテラン達が、おのおの流儀を持ってバチバチするなか、気の小さいオドオド系の新人は、派閥の緩衝材的な立ち位置に。

 

一人で器械出しができるようになり、デビュー戦でいきなり、天才外科医にぼこぼこにされた。

 

「これじゃない」

止血鉗子を投げ返される、洗浄用のスポイトも投げ返される。生理食塩水の入りが十分ではない、と一度手を止めて指導にきたが、震える手で試みる新人に、

 

「おまえ、メガネはどこのメガネ使ってる?」

「はい、○○メガネです」

「××メガネに変えろ」

 

スポイトの7分目くらいが続いた頃、さすがに本当にキレたようで、

「おまえの顔、どこ?」

「???」

出身を聞いている、と麻酔科医の天の使いのような声

「○○です」

「××に変えてこい」

 

そんなこんなでぼろぼろな状態で、緊張感の限界の糸も切れたのかもしれない。

使い終えた器具を大泣きしながら、水をじゃーじゃー流しながら洗っていたら

 

「Aちゃん、気にするな。あんなやくざのいうことなんか。初日に仕方ないだろう。サポートも立っていて支障ないんだから、あのやくざ、育てようという気持ちがまったくないからさ」

 

検体を顕微鏡に置く作業をしながら、やくざ天才外科医の子分のB先生が励ましてきた。

 

あれこれあれこれ、自分のストレスものっけて水に負けない大きな声で背中越しに喋りは止まらない。

 

水を止めた。

振り返って、

「ぺーぺーがぺーぺーを励ますな。今、オペの流れを復習しているのに、邪魔するな」

鼻水も涙もぐちゃぐちゃで、両手ぐーで、気づいたら緊張の糸は完全に切れていた。

 

「何、なに、このやろ、おまえがかわいそうだから、師長、師長、このバカ、師長、聞いたあ? こいつ」

 

きつい派閥間のせめぎあいを工夫して、工夫して、スタッフ配置に悪戦苦闘している師長は、すぐに駆け寄ってきて、

 

「偉い、偉い、よく頑張った。あれはやくざだからね、ほんとう、B先生のいうとうり、怒られたこと記憶しなくていいよ。大丈夫だから」

 とハグして頭も撫でてくれた。

今では信じられない光景かもしれませんが、本当です。

 

「ちがうってば、コイツ、おれのこと、ぺーぺーって、ぺーぺーって、信じられる? ぺーぺーって、このやろう」

「そうさあ、ぺーぺーさあ、二人とも。はい、頑張ろうね。仲間、チーム、最高のチームめざそうね」

師長は三人の手を重ねて、よし、と気合を入れて、自分の仕事に戻っていった。

 

 しばらくオペ室編でいきます