ダイエットが楽しい

ダイエットが楽しい

 

 

記録を御朱印帳に書き始めて

体重管理や歩数を記入し始めて一週間がたった。

 

楽しい。

 

そして恐ろしい。

 

こんなに食べていたんだ、ということに気づき

ほぼ引きこもりだった日常に今さら絶句。

 

一週間で落ちた体重は1・2㎏ほどだが

天井知らず?で、毎日、どんどん増えていた体重計の

メモリーが、あれを最後に増えることがないのが嬉しい。

 

ウオーキングもちょうど秋風が応援してくれて気持ちいい

子供も嫌がらずに一緒に歩いてくれている。

 

買い物で咳き込んだらどうしよう、とナーバスになって

持ち歩いていたのど飴もやめて、水にした。

 

子供の野菜や果汁のジュースもやめた。

子供のパスタや麺類もしばらくはお休みにしている。

 

みそ汁や酢の物や魚や

外食は肉、と決めて、ご飯も半分から三分の一ほどになった。

 

体がちょうどいい、を覚えてきたら

それでキープできるよう加齢を上手に乗り越えていきたい。

 

若い働き盛りの時は

「食べて、お願いだから食べて」

と言われていた食の細かった自分が

「お願いだから、もう食べないで」

と、言われる日がくるなんて・・・

 

今回のコロナ太りの悲劇は

災い転じて福となす、というありがたい展開になった。

 

ハンディキャップのある子供は

学校では体育があります、

卒業したらみな太ります。

気を付けてあげてください、と言われていたが

 

本当に年々太っていった。

自分が太ったことがなかったので

その辛さを想像できるはずもなく

またキビキビと働き者の子なので

気にもせず今日まで過ごしてきた

 

だが自分が10㎏超えを体感し

そこからさらに15㎏まで数週間で至った暁には

恐怖を覚え、真剣に対策するに至ったなんとも

薄情な親である。

 

謝り倒して

家族全員で健康家族を目指して一週間

 

とても心が軽くなり

コロナ禍が終わったような気分の良さだ。

 

外に出れば相変わらずうつうつとする日々だが

目標があるのが楽しい

 

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恩人に物が送れない

恩人に物が送れない

 

本来なら車で郷里まで一泊予定で移動し

新米を購入し、そこから忘れてはいけない恩人へ送る

 

だがコロナ禍でそれができない。

今日は近くの道の駅でいいものがあればと車で出かけたが

恐ろしいほどの渋滞に諦めて

自宅近くで食事をして帰ろうということになった。

 

緊急事態宣言下で閉鎖されている公園へ食事の後立ち寄ると

条件付きで開いていたので

そこで食事のあとの珈琲タイムをした。

 

本当にありがたい気分転換の時間

 

そのあと

少しだけ時間が閉門まであったので散歩をして

ダイエット中の意識を維持して帰宅した。

 

私には恩人が何人もいる。

 

その中でも命にかかわる恩人の中の恩人が三人いる。

 

二人は体の主治医で

どんなに遠くても受診に行くほど信頼している。

もう一人は

私の物語の主人公になってくれた方だ。

 

どんな時でも

三人ともブレない人としての徳がすごいことと

仕事に対する姿勢、

人生が誠実なところを

リスペクトしていて、

私は死ぬまで彼らを覚えていたいと思っている。

 

もちろん他にもまだまだいらっしゃるが、

年齢と共にあらゆる情熱が落ちていき

今できることのギリギリがここかな、という寂しさ

 

若い頃は

あらゆる人との交流があり、

どなたも大切で、時間があればどこまでも付き合いたい

という、私は人好きでもあった。

 

でもだんだんとあらゆることに対する能力が落ちていくのは否めない

 

主治医のお一人は

私の命を救い、私の家族を結果救った方

 

彼が点滴に足す処方は私の苦しみを必ず取ってくれる。

天性のドクターだと思う。

私の看取りをお願いしているが、年齢が近いこともあり、

勘弁して、

と言われているが、しつこいこちらの申し出に

わかったよ、でも競争だよ、ぴんぴんコロリだよ、と約束してくれた。

 

私のもう一人の主治医は歯科医師

私は彼以外のところで治療を受けることができない。

彼が加齢で医師を辞める時には全部総入れ歯でいい、と思うほど

 

バカなことを言わずに

メンテナンス頑張れよ、というところだと思うが

怖がりで弱虫の私が唯一

治療中、寝落ちしてしまいそうになる名医

 

主人公になってくれた恩人は

母を我が家に引き取って

看取ることになった時

 

世話を始めて数週間経ったころ、

急に

母はもうすぐこの世からいなくなるんだ、と怖くなり

心がどうしようもなく乱れて

思い悩んだ時、彼女に電話をかけていた。

 

とても忙しい人なのに

国道のわきに車を停めて電話を取ったことなど微塵も感じさせず

わずか5分で私の呼吸を落ち着かせていた。

看取りのプロ中のプロだと思っていたが

ただものではなかった。

 

たくさんの恩人がいる。

 

子供に関する人をあげれば

数えきれないほどいる。

 

外出もままならないで結局Uターンしたあとで見た

都会の片隅のいつもの公園で花が一輪目にうつった。

汚れた葉っぱに囲まれて、凛として咲いていた。

 

皆がそれぞれの場所で頑張っている。

頑張れ、頑張ろう・・・

秋晴れの日なのに寂しいです。

 

 

散歩中、白い彼岸花

  • 心と体
散歩中、白い彼岸花

 

今日も子供を見送ったあと、ウオーキングへ

昨日とは反対方向へ歩いてみた。

 

珍しい彼岸花を見つけた。

赤い彼岸花もあちらこちらで咲いている。

 

じゅうぶん秋の気配を感じます。

10時までに戻ることを目標にして今日もダイエット中

涼しい風が心地いい。

 

御朱印帳の横へ横へと書き続けることのできる優れ性に

あれこれ書き込んで楽しんでいる。 

 

食べたメニューと体重を書き込んでいるが

やはり食べる量が多かった。

書き出してみてビックリ

 

私の田舎では噛め噛め攻撃という言葉が定着していて

お年寄りが若い子に

これも噛め!

そしてこれも噛め!

と次々食べ物を押し付けてくる習慣がある。

 

上の子の交換留学生を預かったことがある。

彼は、

私の母や隣近所のおばちゃんたちから滞在中の一か月

噛め噛め攻撃を受け続けた。

 

ノウー!

ノウテェンキュー!

 

はっきり断る

数分後、また勧められる。

 

また断る

数分後、また勧められる。

 

きちんと通訳してください。

と、私や子供の笑いながらの通訳に問題がある、と

部屋へこもってしまった。

 

絵を書きながら

カルチャーだと説明したが

そんなカルチャー、聞いたことがない、とまた不信感いっぱい

 

それでマダムたちに

いいですか、あなたがた

あの子にこれ以上噛め噛め攻撃をするなら

食事時間、ずらしますよ、と注意すると

痩せて帰したらかわいそうじゃない、という。

私たちは人情で言っているのに

客人はマレビトと言って、一期一会かもしれないけれど

天国でまた会うんだよ

神様の前で、ごはん勧めなかったこと

どう弁解するの、と。

 

もうこうなったら、

マダムたちより若い人を説得するほうが早いので

英語の達者な職場の同僚を夕食へ招待し

説明してもらった。

 

言われ続けても

テンキュー、でかわし彼は無事帰国した。

 

帰る時

おもてなしのまま食べ続けてしまい、

ふっくらした体になってしまった仲間の多くをみて、

彼は心から感謝している、オカアサン、と

思い切りハグして帰っていった。

 

あの頃

細かった私

 

今、誰も噛め噛め攻撃してくれるわけでもないのに

どうしてこんなにたくさん食べているんだろう。

 

書き込んで広げたノートを見て

何の危機感があって・・・

 

そうよね・・・

災害も多いし・・・備蓄、備蓄っていってるし

体内備蓄か・・・

 

いや、いや、

何かのせいにするのはそもそも違うぞ

そうだ、そうだ、頑張れ、私

明日もあの白い彼岸花に会いに行こう。

 

花言葉は

また会いましょう、というらしい

 

会いに行きます。行きますとも

 

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我に返る、痩せよう!

我に返る、痩せよう!

 

何度も弁解がましく書いていますが、

人生で太るのは初めてです。

 

コロナ禍で、いざという時、子供をどうする

ということを考えた時、

 

私は仕事をせずに家にいて、皆の健康管理をする、

子供の職場に万が一が起きた時、対応するんだと、外との縁を切り、

それから一年と9か月。

 

主人も現役で病院へ出勤する。

子供たちもそうで、いざという時のシュミレーションは何度もした。

 

2か月間、地方にほぼ疎開状態もした。

また冬が来る。

 

ウイルスが大好きな冬が来る。

 

落ち着いて家事だけをする生活

キッチンがある生活

調子に乗りすぎて恐ろしいことになってしまった。

 

コロナ太りである。

 

昨日は、御朱印帳に家族の顔写真を貼り、

身長や体重や腹囲など基礎データーを書き込み

今日は直近の検査データーを書き足した。 

 

恐ろしいぞ

 

朝、子供を見送ったあと、

すぐに近所をウオーキングした。

6000歩で、朝シャワーにした。

 

彼岸花が咲いていたり、コスモスが風に揺れていたり

とても気持ち良かったが、

朝シャワーのあと、向いてないなあ・・・と我に返った。

 

外に出て、働こう、と普通に思った。

 

昔、友人のお父様が亡くなって仏前へ手を合わせに伺ったら

父がね、施設でリハビリの時間になったら決まっていう言葉が

あってね、

「何? 戦争か? 俺はどこへ出兵すればいい?」

体鍛えるってそういうことだろうと毎回言うものだから

PTさんも、「今は控えですが、いつも備えておかないと」と

名物爺さんになってしまってね、と写真を見ながらエピソードを

話してくださった。

 

骨のあるお父様ですね、と

 

友人の息子さんは、母親の口癖が嫌いだったらしく

学校帰りをほぼおじいさん宅で過ごし夕飯まで食べて

寝る時だけ家に帰る、私立中学へ進学するまでそうやって大きくなったという。

 

妻を30代で亡くし男親の力だけで娘三人を育てあげたお爺さんは

小さな男の子の孫に夕飯を食べさせる幸せな時間に、

老い知らずだったらしい。

男同志の絆は強く、息子がね、電話で泣きじゃくってね、と

訃報を知らせた時のお話をしてくださった。

 

息子さんは今ではお国の中枢で働くお偉いさん、

それが職場で号泣し、手を合わせに必ず行くから、と

爺さんが死んで、そんなに泣くもの、ねえ、聞いてる?

 

うん、うん、聞いてる、

もらい泣きをして

 

それにしても

 

兵隊に行くのか?

そうじゃない? じゃなんで体鍛えんといかんのだ

死ぬ? 年取って死んで何が悪い

あんた、大丈夫か?

と、スタッフを諭す様を二人で想像しては

泣きながらお腹を抱えて笑いあった、ことを思い出した。

 

お父様

私もどうも似たところがあります。

笑ってすみませんでした。

 

役立てる場所で、立てるだけ立っていたいですよね。

恐れることに少し疲れてしまいました。

伸び伸びと感染予防をして、

伸び伸びと毎日を過ごす方が体に良いぞ、と我に返りました。

 

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