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    2020/07/16

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153匹の大きな魚

153匹の大きな魚

 

 

神の網にかかった153匹

 

こういう日が来ることをまったく想像できなかった。

個人的には何度か死にそうな目に遭った。

交通事故には二度

病院で徐脈でCCUで、死ぬんだなあ・・・と覚悟した日もあった。

 

個人の状況であって

乗り越えて今日まで生きてきたら

聖書も開く

夢を見る日もある。

何度も、「これは奇跡だ」 と涙した日もある。

 

でも今日のこの状況は

まったく毎日が、想像を超えている。

 

自分はいったい今まで何をしてきたんだろう・・・

 

聖書はことばで編纂されているが、同時に数字が多く出てくる。

ことばは数字であり

数字はことばになり

 

アバウトな表現でことばが語りだすようでも

全部、数字で

聖書は緻密に

初めであり、

終わりであり、

成就であり、

神のパーフェクトな完成をみる。

 

153匹

神の網にかかった大きな魚たち

 

私には誇るものは何もない。

何よりいじけている。

 

子どもたちと離れていること

自分が現場にいないこと

 

家で子供の頃、

神様へ頼み込んだ最初の願いが

今叶ってしまっていることに覚悟が足りないこと

 

「かみさま、おねがい。

わたしは書くおしごとがしたいのです。

だれにもじゃまされないところで

書くことがしたいです」

 

神様は聞いて、ジャストミートで叶え下さっているだけだ。

 

神様なのだから、

時はいちばん理にかなった時にして下さるのだ。

 

恐ろしい・・・

私は自分の愚かさが怖い

覚悟が足りない・・・

 

子どもたちとも会いたいのです。

友達ともお茶したいです。

夜の海辺も歩きたいのです・・・

そんなことが先ほどまで脳裏をかすめていた。

 

それもみなあなたはしてきたではないか。

 

あなたは大きな魚で網にかかったのだ。

自分からかかったのだ。

 

獲ってもらったはいいが、

そのあと、

食べれない魚は食べてもらえない。

 

網を投げるように命じたのは神様

かかったのは自分

 

それだけでも十分ではないか

腐ったものにならなければいいじゃないか。

何を焦っているのか・・・

 

さあ

全身全霊であなたの神を愛せよ

 

わたしが網にかかった時、

網の仲間・一緒にかかった人たちがいるはずだ

 

その人たちへ伝えるだけではなく

 

このような時代に

家に居ながら

誰にも会うことができず・・・

届け、と書ける環境におかれたではないか

 

神の山に備えあり

 

 

とりなして祈ります。

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冷たいなあ

今日は子どもの薬をもらいに雨の中出かけた。

3・11以来、雨や雷に固まってしまうので、

雨の日の外出は本人もそうとう頑張っている。

 

1月末に

子どもと私を診ていてくださったS先生が退職された。

私の母を看取って下さった先生で、

私と子供も先生の所へ通うようになった。

 

コロナ禍で

私も家の人になった。

子どもが通う所で感染症が発生した場合、

一人で日常生活をおくれない子供たちの親御さんも高齢化がすすみ

正直、その先が予想できない。

 

自分にできる最大限のことを考えた時、

子どもを守り、子供の居場所で頑張って下さっているスタッフさんへ

健康をアドバイスする電話対応に努めること

いざという時、それこそ捨て身で子供たちを守るため

自身が健康を維持しておく、という方法を選んだ。

 

コロナ禍では、

同じ薬を、do、で処方して下さるとありがたい。

なにしろ、この子は受診だけでも慣れるまでに時間がかかる。

 

新しいドクターになってもう気づけば半年がたった。

母を看取って下さったS先生の優秀すぎたエピソードを

半年間、6回、味わっている。

 

00さん、00さん

フルネームで二人そろって呼んで下さっていたS先生。

まずは、00さんから診ましょうか。

 

子どもの名前をフルネームで呼んで下さり、

私の名前も次に同じように言ってくださる。

語り口は優しく短い時間であっという間に心の距離を埋めて下さる。

 

大きなトラブルの時には

大学病院へも行くし、そのことも報告し、

我が家のホームドクター

 

ただ誰もが先生のようにやれるわけではないな、と

この半年思い知っている次第。

底がどこまでも広く深く

どこからボールを飛ばしてもキャッチして下さるキャリアと優秀さ

 

そうそう出会えるものではないなあ・・・と

母の引き寄せた縁に今頃、当たり前が当たり前ではなかったと茫然

 

わずか半年前の日常が戻らない。

厳しい限りです。

 

子どもの名前は呼んでくれない。

はなから会話のできない障害のある子と声かけもしない。

総合病院で断られた経緯もあることを話すと、

「当然でしょ?」

と、何をいまさら、という。

 

薬は出したがらない。

それでいながら

生理痛にオペの適応症例があることを嬉々としてすすめてくる。

子どもの頭越しに

子どもはだんだん俯いていく。

雨の中、トボトボと二人帰ってきた。

 

S先生は?

会いたいなあ・・・

 

子どもは帰り道、何度もそう言った。

お母さんも会いたいよ、お礼がしたい。

 

神様、

私たちのお礼なんてたかが知れているから

神様がいっぱいS先生へ幸せを運んでくださいますか。

 

おばあちゃん、

お母さんは、恩を受けたままの人ではなかったものね。

 

最後のことばは子どもも一緒に祈ってくれた。

この子はことばをきちんと喋れるし、場の空気もよむ。

この子たちはそもそも天使と呼ばれているのだ。

 

人は神様のいれもの。

人によって、その場が天国のように温かくもなるし

氷つくような心冷える場所にもなってしまうのだと痛感。

 

S先生がいなくなったから

よそを探そうか・・・

 

少なくとも自分の持ち場を温かい場所へ・・・

人の愛が冷たい時代なのだ、そう思いました。

 

祭司を看取った先生

葬式の時、皆がわかるように

主治医の先生のお名前をきちんと書いておいた。

そのお名前に

ありがとうございました、と

一人、またひとりとお礼を言っていた。

 

痛みをできるだけ味わないよう・・・

その言葉どうりにS先生は母を見送って下さった。

最高の主治医に出会えたことを改めて感謝しています。

 

カラス四羽と鳩のつがい

 

一、二週間前くらいからか、

カラスがつがいで飛んできて

家から見える広場でみみずを取って食べるようになった。

それが今は四羽になり、低空を飛び、上空も舞う。

毎日、来ているので棲家のようになったか、と気になっていた。

 

珈琲を飲む時、

空気を入れ変えるため窓を全開にするよう努めている。

窓越しではなく、

肉眼に芝生の緑や木々の新緑が心地よく迫ってきて

気分を変えてくれる。

私たちがこの家に越してくる前から

「キュシュウーヲシッテルカ、キュウシュウヲシッテルカ」

と鳴く鳩のつがいが、広場の木々の下を棲家としていたようで、

初めて聞いた時、

私には、

九州を知ってるか?

と鳴いているようにしか聞こえず、

 

先ほど

珈琲を持って椅子に座っていつものように鳴き声を聞こうかと思ったら

聞いたことのないドスのきいた鳴き声が・・・

 

「ギゥズーオゥーズッテルガー」

ギュースオヲ・・・

と鳴いている。

「知ってるよ、知ってる」

と驚いて珈琲を置いて芝生の広場を見た。

 

電線に鳩

向こう側の電線にカラス

雄同士の縄張り争いか、そもそも縄張り争いなどするものなのか

何の知識もないので

ただひたすら静かに見ていた。

 

しばらくじっと電線に止まったまま

どちらも動かない。

 

よく見れば

鳩は四方をカラスに囲まれているようにも見える。

 

瞬きしてしまい、慌てて目を凝らすと、

カラスは音もなく急に位置を変えていた。

鳩の背後に止まっていた。

 

鳩はバタバタとうちわをあおぐようなスピードで

私の頭の上を飛びながら遠くへ

 

逃げたほうが縄張りを失うのかな・・・

カラスが二羽から四羽へ増えていったのは確かで、

空を見ればあちらの屋根の上、こちらの屋根の上と

とまるところが日常化してきている。

 

鳩は戻ってくるのだろうか。

九州を知ってるか? ともう一度鳴き声を聞かせてくれるのだろうか。

 

コロナ禍で、

近くの公園を家族で買い物帰りに寄っただけで

犯罪? というような光景に会った。

 

家にいても、

ピンポ~ン

と鳴って、はい、とすぐ答えるのも怖くなることがあった。

 

比較的、安全な場所だと思っていた所に

ピリピリした空気を感じるようになった。

 

 

生きものは強いなあ・・・

 

命を張り合う生き物の緊張感

 

上京するまでは、ほぼ私は野人だった、という自負があるのなら

すぐにとはいかずとも

感覚や嗅覚が自分の家族の縄張りの安全性を

あれくらいの緊張感で守らないとなあ・・・

 

台風や大雨を昔の人は匂いでかぎ分けていた

 

来る、

 

といい、

その言葉が吐かれた後は、

父親や兄弟をしっかりと見上げて指示を聞いていたように思う。

 

カラスの四羽は上空からじわじわと鳩一羽を攻め込むように

円を描くように交差して飛んだりしていたが、

今日はそれに静かに立ち向かったような鳩の雄を見て

 

凄いなあ・・・

 

と生活圏を守る戦いに緊張した。

 

じわじわと日常の匂いが変わっている。

 

鳩は、初めてカラスがすぐ傍に降り立った日、

カラス一羽に警戒はしたものの

そのそばをいつものように地面をつついて自分が端のほうへと移動し

 

毎日飛んでくるようになると、

ある時は木の枝に隠れるようにやり過ごしていた

 

ただ、カラス四羽の動きを見ていると

カラスは頭がいいとは聞いていたけれど、

ワンチームで次々と形勢を変えて攻めてくる様は

ここ数日、とても凄かった。

 

一羽と一羽の静かな戦いから始まった縄張り争い

 

今日の対峙を目の当たりにして、

生きものの共存というのは難しいものだと思いました。

ぶどうの木

ぶどうの木

わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。

   (ヨハネ15章5節)

 

子供の頃、ぶどうの木の下で友達と鬼ごっこをした。

小学校へ入学してすぐの頃だったと思う。

友達の伯父さんの家に遊びに行った。

 

 

よその家で遊ぶことはほとんどなかったので、

その時の光景を今でもはっきり覚えている。

 

小さな子供たちが駆け回るのを

温厚なご夫婦は飲み物まで用意して

「おもてなし」してくださった、と覚えている。

汗をいっぱい掻いて、庭先でいただいた飲み物を覚えている。

 

今のように物がいっぱいある時代ではなく

ましてや田舎

遊びにくる子供の集団へ飲み物を用意する習慣はなかった。

 

長じて

仕事でご高齢の婦人を訪ねることになった。

弱っているところなどないように思える程

立ち居振る舞いは上品で穏やかな方だった。

そろそろ帰ろうとすると、

「あなたの本を買いました」

と、棚から出して見せて下さった。

後日、本屋から回収された私の処女作で、自分も数冊しか持っていない。

 

「私はあなたより先に召されると思います。

正直に聞きますね。あなたはクリスチャンですか」

「いえ、まだ」

違います、とではなく

私は、まだ・・・と答えたのだった。

 

ごめんなさい、忘れて下さい、と

お辞儀をされたので、

帰ろうと靴を履いた。

あれ?

「ぶどうの木」

子供の頃、遊んだ家のおばちゃん?

 

そのまま聞いてみた。

そう、そう、あなたは遠慮してひとりだけ

どれだけ声かけても飲み物に手を伸ばさなかったのよ、と。

それであなたのお母さんへ話して、

翌日、お母さんと一緒に来て、

ぶどうの木の下で思い切り一人で遊んでいたのよ。

お母さんと一緒に飲んだ飲み物、覚えている?

あなた、さっき飲んだわよ、と。

 

子どもがいなかったので、

飲み物を躊躇した子供に胸が痛んだという。

(なんて面倒くさい子供だったんだろう・・・)

と、申し訳ない表情をしていると、

本は何度も読ませてもらってますよ、と笑い

「わたしはぶどうの木であなたがたは枝です」

という聖書のことばを教えてくださった。

 

低くのびるぶどうの木の枝

低くしゃがんで苦しんでいる人へ、人へと伸びていく神様の御手

あなたもしゃがむ人なのよ

子どもの時と何も変わっていない。

今日がとても待ち遠しかった、と握手して下さった。

 

車まで見送りに来てくださった養子の方が

母は、コーラーの瓶がきちんと冷蔵庫に用意されているか

何度も確認していたんですよ。

本もちょうどあなたから見える場所に置いて

子供の頃の話をしていました、と

 

十数年後、教会で

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です」

というメッセージを聞いた時、

私は泣くだけ泣いた。

 

その方は、その後しばらくして亡くなられた。

もう一度訪ねようとした矢先、養子の方が伝えに来てくださった。

震える文字で書かれた

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です」

と、私の子供の頃のニックネーム、ちゃん付けで宛ててあった。

忙しい中、たくさんの方々と一期一会もあるなか、

どん底のしゃがんでしまった時があって、

確かに、

わたしも枝でした、と泣いた。

 

きれいで穏やかで

そんなふうに私も年を重ねられたらと思う。

ご主人と感染症に立ち向かって勝った歴史を持つその方の家は

当時、まだ感染症の記憶に怯える老人の間では

子どもが遊びに行ってはいけない家だったのだという。

出された飲み物のうしろに見えたたくさんの小瓶

 

母は翌日、すぐに謝りに行ったのだという。

この子は、よその家で遊んだことがない子で、

もう一度遊ばせていいですか、と頼んだという。

母親がいる強みからぶどうの木の下で思いきり遊んだから

葉の影やぶどうの実が顔に触れた重さや

木の根に転びそうになったこと、

匂いはコーラーの匂いのほうを覚えていて

コーラーの匂いを嗅ぐと、今でもぶどうの木を思い出す。

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