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好きに生きたらええねん

 

親に強いられた職業とはいえ、ぐちゃぐちゃいう間もなく鍛えられ、一斉に仲間たちが飛び立つのに混じって新卒として総合病院のオペ室に放たれた。

 

開院に向けて準備が進められ、全国からUターンしたベテラン達が、おのおの流儀を持ってバチバチするなか、気の小さいオドオド系の新人は、派閥の緩衝材的な立ち位置に。

 

一人で器械出しができるようになり、デビュー戦でいきなり、天才外科医にぼこぼこにされた。

 

「これじゃない」

止血鉗子を投げ返される、洗浄用のスポイトも投げ返される。生理食塩水の入りが十分ではない、と一度手を止めて指導にきたが、震える手で試みる新人に、

 

「おまえ、メガネはどこのメガネ使ってる?」

「はい、OOメガネです」

「XXメガネに変えろ」

 

スポイトの7分目くらいが続いた頃、さすがに本当にキレたようで、

「おまえの顔、どこ?」

「???」

出身を聞いている、と麻酔科医の天の使いのような声

「OOです」

「XXに変えてこい」

 

そんなこんなでぼろぼろな状態で、緊張感の限界の糸も切れたのかもしれない。

使った器具を大泣きしながら、水をじゃーじゃー流しながら洗っていたら

 

「Aちゃん、気にするな。あんなやくざのいうことなんか。初日に仕方ないだろう。サポートも立っていて支障ないんだから、あのやくざ、育てようという気持ちがまったくないからさ」

 

検体を顕微鏡に置く作業をしながら、やくざ天才外科医の子分のB先生が励ましてきた。

 

あれこれあれこれ、自分のストレスものっけて水に負けない大きな声で背中越しに喋りは止まらない。

 

水を止めた。

振り返って、

「ぺーぺーがぺーぺーを励ますな。今、オペの流れを復習しているのに、邪魔するな」

鼻水も涙もぐちゃぐちゃで、両手ぐーで、気づいたら緊張の糸は完全に切れていた。

 

「何、なに、このやろ、おまえがかわいそうだから、師長、師長、このバカ、師長、聞いたあ? こいつ」

 

きつい派閥間のせめぎあいを工夫して、工夫して、スタッフ配置に悪戦苦闘している師長は、すぐに駆け寄ってきて、

 

「偉い、偉い、よく頑張った。あれはやくざだからね、ほんとう、B先生のいうとうり、怒られたこと記憶しなくていいよ。大丈夫だから」

 とハグして頭も撫でてくれた。

今では信じられない光景かもしれませんが、本当です。

 

「ちがうってば、コイツ、おれのこと、ぺーぺーって、ぺーぺーって、信じられる? ぺーぺーって、このやろう」

「そうさあ、ぺーぺーさあ、二人とも。はい、頑張ろうね。仲間、チーム、最高のチームめざそうね」

師長は三人の手を重ねて、よし、と気合を入れて、自分の仕事に戻っていった。

 

 しばらくオペ室編でいきます

 

 

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GWが終わりました

 どうしてGWは疲れてしまうのでしょうか。

先月の「緩和ケア病棟」の南国行脚の疲れが取れないままGW、ブログに記事も載せずに、日が過ぎていくばかり、訪問くださった皆様、すみませんでした。

 

行脚の一つに

40年ぶりに会ういとこ会がありました。

 

朝の10時から夕方の6時まで喋り倒しました。

疲れが取れない、と呟く前に、こういうバランスの悪さを自省せねば、と今頃思います。

 

細かいところの笑いのつぼ、もうアカンですね。

戻ってからも思い出しては時も場所も関係なく襲ってくる笑いに死にそうです。

 

懐かしの同級生にもツボらされてしまい、これも時、場所、関係なく襲ってきて、結構キツイです。

 

いつも低刺激の私の東京ライフ

南国から戻ると、時差ボケのような状態で、刺激的過ぎた興奮をなだめる時間が必要で、ぼけーと珈琲タイムを買い物途中に取るようにしています。

 

そうこうしている間に、さらに南へ車も運んで長期滞在予定の来月の日がカレンダーに見えてきました。

暑さ、空き家の掃除、庭に棲みつく生き物との戦い、想像するだけでテンションだだ下がりです。

 

前回、8か月滞在した時には、たくさんの出会いがありました。

それを思い出せば、元気も出てくるはず、

 

誰だかわからないほど真っ黒になってしまうのも想定ずみ

 

先月のお礼状もまだ書けずに失礼している方々へは、もしかしたら皆様よりもっと南の方から送らせてもらうことになりそうで恐縮です。

 

ゆるーく生きていきたいのに、

またあの巨大カエルかあ・・・イグアナもいるんだって、木の上に・・・

 

 

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特定医療法人葦の会 オリブ山病院は沖縄県那覇市首里にあります。

理事長先生、統括看護部長、当時から勤務されておられるドクター、室長、チャプレン、懐かしい方々とお会いすることができました。

 

拙著「緩和ケア病棟」は、フィクション、小説ではありますが、病院・病棟の舞台として書かせていただいた経緯もあり、病院名をあとがきに記載してもよいでしょうか、という許可を頂くため今回訪問致しました。

 

タイトルがマニュアル的な書物と間違われやすいというのもあり、説明をさせていただきました。

 

病院創設者・田頭政佐前理事長先生の功績を紹介したいと長年思っていたことを伝え、本のあとがきに書くこともありがたいことに心よく了解して頂きました。

 

緩和ケア病棟を案内していただきましたが、当時からおられた先生、案内して下さっている統括看護部長、外勤前に会いに来て下さった室長、チャプレン、誰も加齢されておらず、当時のままでした。

 

正直、鳥肌がずうと立ったままで、ここは異次元世界か、タイムスリップしているの私? と一人だけバッチリ加齢されたままの私は、東京へ戻った今も少し妙なままです。

 

やはり特別な場所でした。

温かい歓迎に心から感謝申し上げます。

現理事長先生からサイン入りのご著書を数冊頂きました。

謙虚で優しいお人柄の先生を前に、調子に乗りやすい私は、マシンガントークで若干用意した笑わそうとたくらんだネタも隙間をみては確実にしゃべり倒してきました。

あとは出入り禁止にならないことを祈るばかりです。

 

天に帰る時が来たら、ここへ運んできて、と遺言状を用意しておかなきゃと帰り道、本気で手帳に書き込んでいました。

天国の入り口、それとも真下、神様に愛されているオリブ山病院を改めて体感し、不思議な感覚が今も続いています。

父の命を忠実に果たしたイエス様の誠実さが重なって鳥肌がやまなかった田頭真一現理事長先生のご著書を紹介させていただきます。

下記の2冊以外にも多数のご著書を出版されておられます。

「わたしを見たものは父をみた」

何故だかそのみことばが頭から離れなくなりました。

小さなことにも誠実だったから大きなことをあなたに任せよう、神様のみことばは今も生きておられ、私たちに力を下さいます。

父子2代、どれだけ多くの方々が救われ、そして救われ続けていることでしょう。

私も癒された者の一人です。

恩返し、恩送り、書くことで少しづつでもそう思っています。

 

 

 

 

死という人生の贈り物 田頭真一

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全人医療とスピリチュアルケア 田頭真一

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待ち針取ってくれる?

 

(過去記事より)

 

 

第2子出産後の産休中、職場の研究論文をまとめて出す期限があり、

必死で机に向かって書きものをしていたら、赤ちゃんを抱いてくれていた父が、

「大きくなって、お母さんが年寄りになって、あれして、これして、と言ってきても、勉強中でそれどころじゃない、と言うんだぞ」

と、突然言い出した。

 

はっ、と我に返って、赤ん坊を受け取り授乳していたら、涙がポロポロ落ちてきた。

父がその場を離れたあと、

 

授乳を終えたばかりの私に、

「待ち針、取ってくれる」 と裁縫をしていた母が声をかけてきた。

 

「一本でいいの?」

と渡すと、

 

私が渡した待ち針を母は裁縫箱へ戻した。

もう一度、取ってごらん、と言う。

 

他のものも全部抜いてみなさい、と。

最初に渡した待ち針が一番スムーズに抜けて、それを結局渡した。

 

「一番さびていない針を取ったのがわかった?」 と聞いてきた。

女の人は男の人と違ってね、子供を育てている時は両手がないのと同じで、

誰もあてにしていないから大丈夫、と昔の人は言ったんだよ。

妊婦は片手がないのと同じ、とも言うね。

 

与えられた目の前のことを丁寧に誠実にやっていれば錆びない人になる。

私を使ってください、と出しゃばって頭を出したところで、錆びた針はまた裁縫箱に戻される。

 

使う人がね、

すっと抜けてすぐ使える針を選ぶからね。

焦らなくていいから、と。

 

赤ん坊を抱きながら、ボロボロ泣いた。

気負っていた張りつめていたものが溶けて・・・

育児のいとおしさがこみあげてきて、堰切ったように泣いた。

 

職場復帰をして、子どももまだ2か月、

アメリカへ行く話が出た。

 

行かないから大丈夫、と両親に事情を説明すると、

「行ってこい、お父さんが責任もって預かるから」

と背中を押したのは父だった。

 

戻ってきたあと、

父の世話上手は完璧で、たぶん最高のデキだったと母が教えてくれた。

 

若い女性が仕事と子育てのはざまで悩むだろう将来のために、

待ち針の話をよくします。

 

どの方も生き生きと聞いてくださる。

錆びない、ってかっこいい、そうなりたい、と。

 

キャリアウーマンと言えば、当時のキャリアウーマンだった母の言葉、

時代を経ても錆びないから祭司の話は不思議です。

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