人と人の間に存在するもの

 

 

先日、心折れることがあり、今日まで寝込んでいました。

 

夕食づくりも好きで、というより旅先から戻ると自宅のキッチンの

ありがたさは身に染みるので張り切って作るのですが

 

今日も昨日もコンビニご飯

 

人に心をグサリとされそうな気配をかわしては生き延びてというのは、仕事では何度もあったが、退職して

 

好きなことをして、ボランティアはボランティアなので、感謝されるばかりで

家族や友人との関係も助け合うことばかりなので、あたたかい世界に浸って3年

 

トラブルに巻き込まれたら、たぶん次は倒れるかもしれない、と

真剣に油断大敵、だと神経と心臓の関係に改めて反省

 

あまりの無礼に出くわして

家に戻ったら、不整脈

危ない・・・

SPO2を測るのも怖かったが、やはり低い

 

マスク着用なうえ、人と争うのが大の苦手

闘争か逃走なら、逃走を選ぶ私ですが、時に語らなければならない時は逃げない

 

救急車を呼ぶことも想定して横になりながら友人へ電話をかけた。

話さなくていいから、繋がっていましょうと友人が、うちの娘がね、と

無言の電話もなんだから、と話し始めた。

 

視力が低下した父親に付き添って眼科へ行った医療従事者の娘さんが

モタモタと問診票に書き込む父親に受付が投げかけた言葉を聞いてキレたことが

あってね、と

 

見えづらいから来てるんじゃない。あなたバカ?

 

ものすごい剣幕で父親を侮辱した受付スタッフを怒鳴りつけたという

 

凄いわね

 

母親である友人が後日その話を聞いてそう返すと

 

冷静だったよ、と庇ってもらったお父さん

 

外来へ来ている高齢者全部を守るために言ったんだよ、と

素人は叱られるだけだろ、そういう輩にはさ、と

 

 

 

人の苦しみや不当な扱いや嘆きさえ言えない人のために

神の前で祈る人のこと、権力者の前で死を恐れず神の言葉を

とりなす人の始まりが祭司だった話を伝えると、

 

友人からも面白いエピソードが返ってきた。

 

徐脈がだんだん落ち着いてきた。 

そしてだんだん高尚な話も思い出してきた。

世の中には凄い人がいくらでもいる。

なるほど、と達人の話は面白い。 

 

 

自分のためだけに喋り倒すクレイマーや激情とも違う

ただす、ということをやる、というのは命がけだという。

 

争いごとを嫌う人が争うのは刀の鞘を抜くのに似ている。

薩摩隼人の刀の鞘などは小さくて、もとに収める気で抜かない

戦い抜くつもりで最後だと思って抜くから、薩摩隼人は強いのだという。

 

 

 

年を取れば、

刀を抜いて一世一代の大仕事をするということを避けて

芸術の世界へいく剣士や仙人のような暮らしで後世を育てる達人がいる。

 

私の小さな心臓バクバク事件を聞いて友人は笑うどころか心配してくれた。

 

抜いた刀、どこかに捨ててしまいなさいよ、と

あとの人を助けたい、とか良くしたいとか、もう思わなくていいから

もう祈りは奥まった所で誰にも会わずにやればいいから、

応援しています、と

 

もういいんじゃない?

ウイルスも

 

そう思う日もある。

ドキドキ刺激にあおられて徐脈におびえる時などは

ウイルスよりよっぽどこっちのほうが怖いぞ、と本気で思うもの。

 

ストレスって、

それだけで人は死ぬ、ということを知らない人の方が多い。

人の体は繊細

そして一生を担いでくれるほどに強くもいてくれる。

 

加齢とともに荷を下ろして

家族に迷惑をかけずに、正論など、それこそ刀に収めて

花をめでて、風を感じて、祈って神にゆだねよう、と

祈って寝た。

 

 

 

指ひとつで

撫でるだけで膝を折って泣く人を癒した親を見習いたい。

 

早く通常の日常が戻ってほしい。

疲れが出てきてナーバスになっている感がある。

 

それにしても友人ってありがたい。

どこをどう抑えれば、癒せるか知ってくれている友人は本当にありがたい。

 

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • feedly
  • LINEで送る
カテゴリー
タグ