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投稿者:拝原 しげる

 どうしてGWは疲れてしまうのでしょうか。

先月の「緩和ケア病棟」の南国行脚の疲れが取れないままGW、ブログに記事も載せずに、日が過ぎていくばかり、訪問くださった皆様、すみませんでした。

 

行脚の一つに

40年ぶりに会ういとこ会がありました。

 

朝の10時から夕方の6時まで喋り倒しました。

疲れが取れない、と呟く前に、こういうバランスの悪さを自省せねば、と今頃思います。

 

細かいところの笑いのつぼ、もうアカンですね。

戻ってからも思い出しては時も場所も関係なく襲ってくる笑いに死にそうです。

 

懐かしの同級生にもツボらされてしまい、これも時、場所、関係なく襲ってきて、結構キツイです。

 

いつも低刺激の私の東京ライフ

南国から戻ると、時差ボケのような状態で、刺激的過ぎた興奮をなだめる時間が必要で、ぼけーと珈琲タイムを買い物途中に取るようにしています。

 

そうこうしている間に、さらに南へ車も運んで長期滞在予定の来月の日がカレンダーに見えてきました。

暑さ、空き家の掃除、庭に棲みつく生き物との戦い、想像するだけでテンションだだ下がりです。

 

前回、8か月滞在した時には、たくさんの出会いがありました。

それを思い出せば、元気も出てくるはず、

 

誰だかわからないほど真っ黒になってしまうのも想定ずみ

 

先月のお礼状もまだ書けずに失礼している方々へは、もしかしたら皆様よりもっと南の方から送らせてもらうことになりそうで恐縮です。

 

ゆるーく生きていきたいのに、

またあの巨大カエルかあ・・・イグアナもいるんだって、木の上に・・・

 

 

  • 出版

 

特定医療法人葦の会 オリブ山病院は沖縄県那覇市首里にあります。

理事長先生、統括看護部長、当時から勤務されておられるドクター、室長、チャプレン、懐かしい方々とお会いすることができました。

 

拙著「緩和ケア病棟」は、フィクション、小説ではありますが、病院・病棟の舞台として書かせていただいた経緯もあり、病院名をあとがきに記載してもよいでしょうか、という許可を頂くため今回訪問致しました。

 

タイトルがマニュアル的な書物と間違われやすいというのもあり、説明をさせていただきました。

 

病院創設者・田頭政佐前理事長先生の功績を紹介したいと長年思っていたことを伝え、本のあとがきに書くこともありがたいことに心よく了解して頂きました。

 

緩和ケア病棟を案内していただきましたが、当時からおられた先生、案内して下さっている統括看護部長、外勤前に会いに来て下さった室長、チャプレン、誰も加齢されておらず、当時のままでした。

 

正直、鳥肌がずうと立ったままで、ここは異次元世界か、タイムスリップしているの私? と一人だけバッチリ加齢が目立ちすぎた私は、東京へ戻った今も少し妙なままです。

 

やはり特別な場所でした。

温かい歓迎に心から感謝申し上げます。

現理事長先生からサイン入りのご著書を数冊頂きました。

謙虚で優しいお人柄の先生を前に、調子に乗りやすい私は、マシンガントークで若干用意した笑わそうとたくらんだネタも隙間をみては確実にしゃべり倒してきました。

あとは出入り禁止にならないことを祈るばかりです。

 

天に帰る時が来たら、ここへ運んできて、と遺言状を用意しておかなきゃと帰り道、本気で手帳に書き込んでいました。

天国の入り口、それとも真下、神様に愛されているオリブ山病院を改めて体感し、不思議な感覚が今も続いています。

父の命を忠実に果たしたイエス様の誠実さが重なって鳥肌がやまなかった田頭真一現理事長先生のご著書を紹介させていただきます。

下記の2冊以外にも多数のご著書を出版されておられます。

「わたしを見たものは父をみた」

何故だかそのみことばが頭から離れなくなりました。

小さなことにも誠実だったから大きなことをあなたに任せよう、神様のみことばは今も生きておられ、私たちに力を下さいます。

父子2代、どれだけ多くの方々が救われ、そして救われ続けていることでしょう。

私も癒された者の一人です。

恩返し、恩送り、書くことで少しづつでもそう思っています。

 

 

 

 

死という人生の贈り物 田頭真一

(amazon)

 

 

全人医療とスピリチュアルケア 田頭真一

(amazon)

 

待ち針取ってくれる?

 

(過去記事より)

 

 

第2子出産後の産休中、職場の研究論文をまとめて出す期限があり、

必死で机に向かって書きものをしていたら、赤ちゃんを抱いてくれていた父が、

「大きくなって、お母さんが年寄りになって、あれして、これして、と言ってきても、勉強中でそれどころじゃない、と言うんだぞ」

と、突然言い出した。

 

はっ、と我に返って、赤ん坊を受け取り授乳していたら、涙がポロポロ落ちてきた。

父がその場を離れたあと、

 

授乳を終えたばかりの私に、

「待ち針、取ってくれる」 と裁縫をしていた母が声をかけてきた。

 

「一本でいいの?」

と渡すと、

 

私が渡した待ち針を母は裁縫箱へ戻した。

もう一度、取ってごらん、と言う。

 

他のものも全部抜いてみなさい、と。

最初に渡した待ち針が一番スムーズに抜けて、それを結局渡した。

 

「一番さびていない針を取ったのがわかった?」 と聞いてきた。

女の人は男の人と違ってね、子供を育てている時は両手がないのと同じで、

誰もあてにしていないから大丈夫、と昔の人は言ったんだよ。

妊婦は片手がないのと同じ、とも言うね。

 

与えられた目の前のことを丁寧に誠実にやっていれば錆びない人になる。

私を使ってください、と出しゃばって頭を出したところで、錆びた針はまた裁縫箱に戻される。

 

使う人がね、

すっと抜けてすぐ使える針を選ぶからね。

焦らなくていいから、と。

 

赤ん坊を抱きながら、ボロボロ泣いた。

気負っていた張りつめていたものが溶けて・・・

育児のいとおしさがこみあげてきて、堰切ったように泣いた。

 

職場復帰をして、子どももまだ2か月、

アメリカへ行く話が出た。

 

行かないから大丈夫、と両親に事情を説明すると、

「行ってこい、お父さんが責任もって預かるから」

と背中を押したのは父だった。

 

戻ってきたあと、

父の世話上手は完璧で、たぶん最高のデキだったと母が教えてくれた。

 

若い女性が仕事と子育てのはざまで悩むだろう将来のために、

待ち針の話をよくします。

 

どの方も生き生きと聞いてくださる。

錆びない、ってかっこいい、そうなりたい、と。

 

キャリアウーマンと言えば、当時のキャリアウーマンだった母の言葉、

時代を経ても錆びないから祭司の話は不思議です。

石原まさしさん 続き

 

昭和歌謡を若い方が伸びやかに歌っています。

とても素敵な歌声です。

上京したて、

昔も今も地方から夢を追い求めて花の都・東京へ若者が上京してきました。

 

勢いがありました。

今もあります。

外国の方々も増えました。

勢いがあります。

 

時代が新しいうねりをもって激しく動いているように感じます。

頑張れ、兄ぃ兄ぃ!

 

***

 

東京ある、ある、ですが、

静かな柔らかな物腰し、そのスマートな仕事ぶりに底力を感じた瞬間、そんな東京人に向かい合っていると感じて臆した瞬間、

何度も故郷に帰りたい、と泣きそうになりました。

 

ところが東京出身者は一握り

親の代などを遡れば上京組がほとんど。

 

みな始めがありました。

頑張れ!

シュッ(おばちゃん語で鍛えられてあか抜けて根を上げた時があったとしても結果投げ出さなかった人。自分に勝った人?)とした人になれ、若人よ。

応援しています。