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かわいいかわいい私の愛車
台風銀座(古すぎる?) 南国の入り口のない車庫に置き去りにし、塩害に耐えさせ、
ようやく連れ戻ったら、いきなりの大雪に・・・
ごめんねえ・・・
ようやく一か月が経ち、体が慣れてきた。脳も少しづつ日常に対応。
二拠点生活はもう厳しいかな、と音をあげています。
2025年、お宮の掃除に戻り、恐る恐る子供と二人手掛けたのが6月の末、
故郷のため、お世話になった方々のため、と二人で一生懸命通い続けたら、神様って本当におるんや、と
今更、バチあたりのことを思っています。
「情は人の為ならず」
お宮掃除のあとから起きた不思議の数々を巻物にして書いているのですが、あまりにもピタリと時間軸が凄すぎて、心臓に悪いので、放置してあります。人の力では無理なことばかりなので、私、狭心症があるものですから本当に放置してあります。
目には見えないけれど神様はおるよ
浜に降りていく私たち親子にエールを送った幼馴染
僕もまだ見てないけど、おるよ。
頑張ってなあ
二人きりの浜の森は怖い。
恐る恐るまずはふさがって鳥居があることさえもわからなくなってしまった鳥居のあるところまでの道づくり、アーチ状の入り口を鎌で浜の植物を切るだけ切って、白い砂が出てくるまで掃いて、
鳥居の外でまずは祈り
次に大庭の倒木やカニが開けた大きな落とし穴のようなくぼみを掃き清め、
拝所の中を掃除
場所が奥になるにつれ、何度もこうべを垂れ祈りながら
途中でふと子供を見ると、子供の立ち居振る舞いがスムーズでなんだか神々しく感じるではないか。
ハンディのある子は初めは私の真似から入ったようだったが、習得したのだろう、もうある種のゾーンの中にいた。
それを見たら、こちらも緊張がほぐれきた。
それでも、神様に何かをお願いに正月に参拝するのとは違い、
「お呼びでしょうか?」
と、仕える形で入ったお宮の中の圧倒的な空気感の違い
畏怖、
顔をあげれないままで掃除とお祈りに通い続けた数か月
至聖所まで入って仕えた親の生涯
比べてはダメだと思いつつも、
中途半端なまま時間が過ぎていくのが速すぎて怖い、と焦る私に、
目に見えないけれども確かにおる神様の見せて下さっている奇跡は、7月・・・この2月もまだまだ続いているのです。
話は、あっちこっち飛びますがすみません。






