お家カフェでのひとりごと

 

若い頃、医療現場と子育ての慌ただしい日常の隙間、隙間に降りて来た物語をただただ打って、打って・・・

あることがあって作家を辞めた。

 

必要が出てきて、またやるか、と挑み始めたのがここ数年。

しまい込んだままだった原稿用紙を見直そうと出してきて読んで、今日、とうとう投げだしてしまった。

こっぱずかし過ぎて、読めない。ムリ。

 

 

書いたのが自分という同じ人間だと思うと、触るのもムリ

恥ずかしい。

 

30代の自分にも40代の自分にも戻れない。

 

触らないことにした。

 

極めつけが恋愛小説だ。勢いが強くて嫌。

 

本気でムリ。

 

若い時って、どうしてあんなふうに自分以外の他者に夢中になってしまうんだろうか。

 

「恋」  って漢字、心を取ると、「変」  っていう漢字になるんですね。

 

当の本人の心がないと変でしかない。

 

なんでこんなん書いた?

 

あんた変な人

 

今の私が、若い頃の私にゆうてます。

 

「変やわ、あんた」

 

そんな激変したおばちゃんが、若い頃の小説に手出したらアカン、ね。

 

まったく共感できない、だけじゃなく説教しながら読んでいるから物書きとしてはおしまい・・・の情緒なしや!

 

 

とおばあの自分を叱る、少し俯瞰した作家目線の自分が原稿をぽいっと放り投げるおばあを叱る。

 

どうする。恋愛もの。どうする

 

おばあになっても自分のロマンチストは変わらない、と思っていたけれど、とんでもない。

一生、人に配分されるモノの分量はもしかしたら同じかもしれない。

 

ロマンチック・食欲・やさしさ・ストイック・・・

 

若い頃、お願いだから食べて、と言われて嫁になって・・・今、お願いだからもう少し分量見直して、と言われている。

 

何を若い頃、使いすぎたか・・・見直さないと、ちょっと怖いかもしれません。

 

使いすぎたものはもう残りがないかもしれないからね。