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  • 吾子よ

    2020/07/04

    子育て・教育

    わたしには枕を高くして眠れない気の弱さがある。救われた者ならその罪も消えているだろうに寝る前、一人、ひとりの子どもの名前を呼んで、神様、お守りください、と哀願し ...

  • 7つの血潮

    2020/07/02

    聖書

    十字架上で死んで三日目に蘇った方を三位一体の一位格の神として、救い主として、信じている人をクリスチャン・救われた者というと教えていただいた。そして、その方の名に ...

  • マスク着用で不整脈

    2020/06/30

    心と体

    日用品以外の買い物をする必要があってマスク着用で店内へ食料品や日用品以外の買い物はほぼ半年ぶり殆ど通販で済ませてきましたが車から降りて店内に入ってバースディカー ...

  • 聖書のラブレター

    2020/06/23

    聖書

    6主は、あなたを、夫に捨てられた、心に悲しみのある女と呼んだが、若い時の妻をどうして見捨てられようか。」とあなたの神は仰せられる。7わたしはほんのしばらくの間、 ...

吾子よ

吾子よ

わたしには枕を高くして眠れない気の弱さがある。

 

救われた者なら

その罪も消えているだろうに

寝る前、

一人、ひとりの子どもの名前を呼んで、

神様、お守りください、と哀願している。

 

信仰を得ていなかった時と変わらないではないか、

と言われても仕方がない。

 

***

 

洗礼を受ける前、

がむしゃらに子供たちを守るため、働き

前に、前にと走って生きてきた。

 

どの子が転んだか、どの子がどの時泣いていたか

落とさないよう、全力で守り走ってきたように思っていた。

 

信仰後

第一子、二子・・・

そういう感覚は昔からないが

体内にいた時、母親は自分の体の一番いい所で命をかけて

胎児に無意識にいのちを送っている。

 

どの子が一番大切か

承認欲求など、神の摂理のなかでは無意味

 

***

 

現場で

母親のいのちを優先するか

母体を優先するか

赤ちゃんを優先するか

そういうトリアージに直面する時もある。

 

人間が誰を優先するか、

最もおこがましいことだと命を救う現場では誰でもわかっている。

 

***

 

聖書を読んだことのない人でも

今起きていることは、相当な危機なのだと誰もが思っていると思います。

 

TVや映画ではない。

 

私の人生の大半はほぼ医療現場で過ごしてきた。

 

リアルに人の体はいきものである。

 

手術で開腹すれば

筋肉弛緩剤が切れかかった時、

臓器は、皮膚や筋肉や脂肪のむこうで

他の生き物と大差ない無防備さでいる。

 

***

 

ことばという緩和剤、緩衝でどれだけ人は救われているか

神の子がことばとなって生きられた、という意味が沁みてくる。

 

洗礼後、

生きることの繊細さを思う時、

我が子、

一人、ひとりの命を自分を守るより繊細、かつ大胆に守り

生き抜き

ただ生きるのではない。

 

能力を存分に生かし切り

最高の幸せを満喫して

良い人生を、よい出会いを、

などと親なら誰でも思うことを考える時、

膝を折って、

神に祈る方法が一番だと何度も思い知る。

 

***

 

私の手法など

通用しない時のほうが多かった。

 

どの子も痛い目に何度も遭わせた。

 

悔いばかりがある。

 

助けて下さい

吾子を助けて下さい。

 

どの子も

わたしにとってはひとり子のようにかけがいのない吾子

霊は平安で洗礼後ブレたことは一度もない。

 

助けた方の与えて下さった平安は当時も今も同じである。

 

体が子を思って苦しむ時、

刹那、

神が与えた一人、ひとりへの洗礼を思い出す。

 

出来損ないの母親、上等だ、お前の子らは

それで洗礼をどの子も受けているじゃないか。

 

あとは

寝ている間に起きている間に

そうこうしている間に育つものだ。

 

***

 

どん底で

子を産み育てる義務のさなか自分の健康管理さえもできず

死ぬのか、と無力、絶望の淵で

「助けて下さい。子どもたちを置いてはいけない。誰か助けて下さい」

と呻いた言葉は、

その祈りは叶えられたではないか。

 

黄泉にまで下って、沼底から総ざらいをしてあるではないか。

 

天にまでつながっている道の中、

 

もうもがかなくてもいい、と抱えているではないか。

 

それでも今日も

ああ、あの子を、この子をお守りください、と祈る罰当たり

 

ひとり、一人を並べているのに

同時にひとり子として祈れる摩訶不思議が起きる。

 

胎内でひとりひとりに胎盤という続き一体があるように

その続きは変わらない。

 

***

 

赤ん坊は手を握り締めて生まれ、

亡くなる時はましてや、

人はなかなか指を広げようとしない。

 

両手を広げ十字架で死に渡された方以外

自ら指を広げて命への執着を断ち切った潔さを

残念だが人が成し遂げたのを見たことがない。

 

命のセンサーはそのように造られているのだから

神の子の死の形に意味がある、というのは

体を知れば知るほど、恐ろしく身に迫ってくる。

 

***

 

山の登り方はたくさんのルートがあるのだと思う。

 

私は医療という現場から

神の山登りを何度も思い知らされた。

 

自分の命以外を守る職能の重さや子育てから

思い知らされた。

 

偉そうなことは人には言えない。

 

ただ祈るばかりである。

 

***

 

 

神の子は30代という最も美しい年齢で最上の仕事を果たされた。

 

若さは神の体現、

吾子よ、

神がそう呼びかける。

 

神は同時に人を、吾子を一人きりとして扱える

とりなして祈ります。

 

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7つの血潮

7つの血潮

十字架上で死んで三日目に蘇った方を三位一体の一位格の神として、

救い主として、信じている人を

クリスチャン・救われた者というと教えていただいた。

 

そして、その方の名に在って、水の中に沈み、魂にあって死に

その方の名に在って、生まれ変わることを選ぶことを洗礼と言い

そののち、

その人は方向を転換させられる経験を個々人がもつのだという。

 

***

 

強制ではなく、

意志・知性・感情という魂の殻がその個人の激しい渇きの瞬間と

神の手ののびてくる絶妙なその「時」に、その人だけの救いが成就する。

 

私は婚約時代のような感覚を受けた。

 

花嫁として

婚約者はこれでもか、というほどの備えを贈って下さる。

 

その備えを山上の垂訓でイエス様は語っておられる。

 

***

 

泣いている者は幸いである

やがて笑うようになる

貧しい者は幸いである

やがて富むようになる

 

***

 

何故、幸いなのでしょう。

 

before・afterが明確であるからだ。

 

介在者がいる。

 

わたしだ。

 

あなたはわたしの花嫁だ、恐れることはない、と

我が子よ、と呼びかけても下さっている。

 

わがしもべ、

はしため、

たくさんの呼びかけがある。

 

***

 

無理強いがないのは結婚だからだ。

 

契約だからである。

 

***

 

この世で思う存分、自分のままに生きているはしためをもらうのだ。

 

神の領域は聖

完全な光

闇があり、罪が残り、まんまのはしためを手許に引き寄せたら消えてしまう。

 

花嫁の存在は無くなってしまう。

 

恋い慕ってくださる方は、繊細かつパーフェクトな形で

嫁取り物語を完成させて下さった。

 

***

 

十字架上で人の子としてご自身で死を成就され、

黄泉にまで下り、

三日目に蘇って、

天の御父のもとへ帰り、右の座に座しておられる。

 

備えは十分贈った。

 

慢心なく応えようとする花嫁支度はできたか。

 

***

 

十字架の血潮は

花嫁になる条件である。

 

聖である方の手許で消えてなくならない存在として

恩寵を限りなく受け取ってきたと自覚する者の知る最低限の条件。

 

***

 

一度目

ゲッセマレで流された額の血潮

「思い」

人の思いを死に渡し、蘇りは三日後はもう「聖」

 

二度目

髭をローマ兵に抜かれ血が流れた

髭は

「誇り、プライド、恥」

恥などもうない。

生の魂のプライドなど死んだ。

蘇りは

「あなたはわたしにとっては高価で尊い」

と花婿から言われる唯一無二の存在としてのほんものの尊厳が生まれる

 

三度目

39回のムチ打ち

病気のカテゴリーは39

全ての病を死に渡し

永遠の朽ちない体へといざなわれた

 

***

 

四回目

手の杭

能力・タラント

生まれたままのこれしかできないが死に渡され

神の無限大

地境を超える能力が蘇りとなる

 

***

 

五回目の血潮

足の杭

では、これは高揚したひと時か?

人の歩みの限界は死に渡され

無限大の疲れ知らずの臆病な歩みは蘇りにはない。

 

***

 

6回目

いばらの冠

頭は血だらけになられた。

状況・境遇・環境

蘇りは、そこからの真の解放・ほんもののフリーダムである。

 

七つ目

心嚢がローマ兵の槍によって貫かれた。

損傷は、

体液・血液を流し続けていく。

神の子の血潮は永遠である。

今もなお信じる者のためその血は流れており

完全な救い、

新しいものへと移されるために流されていると書かれている。

 

***

 

7は完成

成就を意味し、

8は7+1

イエス様は成就であり初穂である。

 

蘇りである。

 

***

 

神を知ることは奇跡

神側からの恩寵

 

***

 

状況がだんだんと深刻になっていくなか

急ぎ足になった感は否めませんが、書かないと眠れそうにもないので

荒い内容ですが、急いで記事にしました。

 

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マスク着用で不整脈

マスク着用で不整脈

日用品以外の買い物をする必要があってマスク着用で店内へ

食料品や日用品以外の買い物はほぼ半年ぶり

殆ど通販で済ませてきましたが

車から降りて店内に入ってバースディカードを選んで数分で息が苦しくなった。

 

買い物を終えて自宅に戻って自分でバイタルサインをチェック。

 

***

 

脈拍はとび乱れ、最悪なことに徐脈

 

***

 

洗礼を受けることになった救急室でのことが頭をよぎった。

 

コロナ禍の前、東京で循環器の主治医をきちんと探そうと思っていたが

こういう状況になって、ナーバスなほど感染予防に気をつけていた。

 

病院受診をとにかく避ける、今は避ける

 

不具合を上手にコントロールをして、飛行機に乗れる時期が来たら

かつての主治医のもとへ

 

***

 

そんなこんなも具合が悪いと最悪なシナリオしか浮かばない。

 

病院の事情も状況も嫌というほど知っているつもり

そうそうジェネラルドクターでなおかつ循環器を詳細に診て下さる

そんな奇跡はない、と諦めた。

 

ホームドクターと離れてしまっていることをこういう時は痛いほど思い知る。

 

***

 

病院は救命だけではなく

痛み、苦痛を緩和する場所であるということを維持できて医療崩壊を

防げていると思っている。

 

上京して、

痛みや苦痛の時に病院で緩和されたという経験が地方の時のようにはない。

 

ハンディのある子どもは胸痛発作を起こして救急室に行ったが

門前払いにあった。

 

携帯の心電図のデーターを見せたら

ものの数分で専門医が数名の研修医と共に現れて心エコーをし

あっという間に診て下さった。

 

今の状況下で対応してもらえるとは思っていない。

 

***

 

人のいのちは

一つしかない各臓器をそれぞれ守るために痛みや発熱で危機の時

反応し教えてくれる。

 

救急搬送され

症状をすぐに緩和させる前にそのセンサーの作動した原因を診断し

加療するのが救命

だがある程度読めたら症状緩和を同時進行させる人道的な緩和が必要。

 

***

 

刻々と変化する症状を医療的知識でアセスメントし

その時、その時の症状緩和も加療の重要な部分。

 

ホテルで待機、

自宅で待機、

素人が自分のいのちのセンサーと向き合う。

 

恐ろしい時代だと思います。

 

こういうことを本気で具体的に書いたらよくないのだろうと思います。

 

日本の医療をジェネラルへ

地方のほうが一般人でもそういう温かい医療が受けられると思います。

 

それでも

東京で今しなければならない仕事や学業を果たしている若者を

神様、お守りください、と祈ります。

 

***

 

ひたすら具合の悪いなか、その祈りが続いたら

点滴のようにポカリスエットをひたすら飲み、

足をあげて心臓の負担を減らし、

換気を良くし酸素を取り入れ

浅い呼吸を徐々に深い呼吸へ、

筋肉を冷やさないようにし、と

自助努力のあと、だんだん脈が落ち着いてきて、

経皮酸素モニターや血圧計の数値もよくなってきた。

 

***

 

人口の多い分、ここは挑戦し走る場所

弱者な時には辛い場所だと、何度も思い知った。

 

まだまだ立っている場所では新参者。

 

全世界に起きた悲惨の時に、状況を上手に乗り切れるほど

環境を整えてはいない。

 

だからどうした、

そういう人の集まっているところが東京だ、

と今日は改めて自分に喝を入れた。

 

***

 

大勢の人を座らせそれぞれを完全に癒した治療の原型が聖書にある。

 

山上の垂訓で語られた神の言葉。

 

男性だけ、一家の戸主だけをカウントして約5000人。

 

女・子供はその戸主ひとりにひとくくりだというので、

一族ごとと数えると相当数の人がいたと思われる。

 

垂訓を聞くとき、それぞれの・・・を

教会でそれぞれの畑ごとに座った、という不思議なメッセージを頂いた。

 

強烈だった。

 

神様というのは神様なんだと涙が止まらなかった。

 

畑づくりを知っている人なら思いを馳せてみてください。

 

腑に落ち、

鳥肌が立つと思います。

 

***

 

カブはカブごと

にんじんはにんじんごと

ジャガイモはジャガイモごと

トウモロコシはトウモロコシごと

ほうれん草はほうれん草ごと

 

***

 

混ぜて育てることはむり。

 

それぞれの種類ごと、

日の当たる必要も土の養分もまた水も微妙に違う

 

***

 

山上の垂訓はイエス様が大勢の群衆へ語った有名な箇所

一度だけの垂訓

 

どんなに優秀で凄いスーパードクターでも

人間である以上、

一度にそれだけの異なるものを同時に救うことはできない

それぞれの必要にちょうど必要なタイミングでニーズをピタリと

与えることなどできない。

 

***

 

今の時代・・・いや、今も昔も

誰もぴたりと個人を多数を全力で同じ分量で助けることなどできない。

 

***

 

頑なになってはいけない。

 

うなじの強いものであってはいけない。

 

わたしの民ほどうなじが強い、とその神様は語っている。

 

***

 

聖書のことばを語ったり、書いたりと伝えて下さる方は

山上の垂訓を今の時代に運び、個人の苦痛を癒していく。

 

医療現場で人を助ける前線から退いたが

辛い経験にこれまで教えていただいた教会でのメッセージが重なり、

違う方向から語って下さる知恵に出会うと

腑に落ちて、根本が癒されていきます。

 

それを個人のものとして納めず、

書くことで、共有することで、

また誰かが癒されると信じて書いています。

 

これまでのプロセスにすべて感謝です。

 

私は良い先生方を与えられ、本当に幸せ者です。

 

そして名医にばかり恵まれてきたことも当たり前だったと思わないことだと、

そのすべてに感謝です。

 

 

 

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聖書のラブレター

聖書のラブレター

 

6 主は、あなたを、

  夫に捨てられた、心に悲しみのある女と呼んだが、

  若い時の妻をどうして見捨てられようか。」

  とあなたの神は仰せられる。

 

 

7 わたしはほんのしばらくの間、

  あなたを見捨てたが、

  大きなあわれみをもって、あなたを集める。

8 怒りがあふれて、ほんのしばらく、

  わたしの顔をあなたから隠したが、

  永遠に変わらぬ愛をもって、

  あなたをあわれむ。」と

  あなたを贖う主は仰せられる。

  

           (イザヤ書54章)

 ***

 

 聖書は神様の嫁取り物語

 若い時の妻とは誰・・・

 

 主は34歳半ばで十字架に架かり、

 ご自身の血という代価であなたを贖う。

 旧約聖書のイザヤ書に記されたことば

 

 

 花婿はご自身の聖なる闇が一切混じれない世界へ

 花嫁を迎えるために、「ことば」という幕屋を張り

 死に、三日目に蘇り、天へと戻られ、御父の右の座に座し、

 花嫁を待っている。

 迎えに来るとまで書かれている。

  

 人は霊的にはすべてが女性だと教会で教わった。

 神のみが完全なる帰るべき男性として書かれている。

 私たちは、蛇に騙された女性

 それをほんのしばらくの間、一度は見捨てたと正直に書かれている。

 夫の憐れみのゆえ、

 贖われたという、恐ろしくも大胆な愛の物語。

 この世で私たちはシュミレーションのように

 いくつもの愛を味わっているのだと思う。

  

 

 

 人は段階的にみな半人前なのだと思うと、

 夫婦も恋人も愛おしくなるというもの。

 神様の代価は半人前を補って一人前にしてくださるのだという。

 

 

 

 愛が薄くなっていく時代、

 人間だけの互い様に半人前の不確かな愛だけでは他者は救えない。

 だからこの方のことを聖書は、救い主と呼ぶのだと知る。

 

 

 

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